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髭の仙人です。

  瞑想の仕方

瞑想の仕方 2   


     
2012年11月23日

15年以上瞑想をしていなかったが、すこしづつ瞑想を始めて約一ヶ月経過し
瞑想の感覚もすこし思い出してきたが,まだ瞑想の入口にも達していない。
身体は大きくなっていこうとするが、身体中に余分な力が入っているので、
大きくなるのは、まだ先の話となるだろう。


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瞑想の仕方

         1)瞑想する場所

静かな部屋、落ち着く部屋でして下さい、部屋の明かりは暗いほうが
良いでしょう。
自然の中でする場合も、落ち着く場所を探して下さい、



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           2)呼吸

呼吸の仕方は気にしないで下さい、呼吸の仕方にこだわると、自己の内面を見
つめる事よりも呼吸に関心が移って、瞑想にはならない可能性が大です。
瞑想に入ると、呼吸も自然と正しい呼吸となってしまいますから、、、、



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             3)座り方

座り方は、正座でも胡坐(あぐら)でも良いです。
髭の仙人は半跏趺坐(はんかふざ)胡坐のように座るが、片足を上に重ねる座
り方です。
この座り方が一番 楽で上半身が安定する。
寝る前に布団でする場合、胡坐でする場合は枕をお尻の下に置くと、 座りやすくなります。


         瞑想  座る方角

東西南北、どの方角に向いて瞑想するのかも考えたほうが良いですよ。。
私は西の方角に正面を向けて座るを常としています。
北の方角に向いて座るのは、止めたほうが良いです、
北に向いて建っている神社、仏閣は無いでしょう、
あったとしても少ないです、
仏壇等も北向きに置くのは止めたほうが良いですよ。

東西南北、の方向に座って、どの方向に向いて座ると、
瞑想しやすいか、確認して座って見ましょう。
どの方向が落ち着いて瞑想できるか、良い方向を探して、
瞑想を始めて見ましょう。





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           4)座った姿勢

自然な状態で座ります。
背中が曲がっていても良いです、顔が下を向いていても良いです。
最初は型から入るのはやめましよう、形から入るとは、背中を真っ直ぐにし顔
も正面に向けて座ることです。
身体中に余分な力が入ってしまいます。
手は膝の上に置いても、下げていても良いです。
手にも力が入らないような状態で始めて下さい。
細かいことを気にしないで始めてください。
身体に余分な力が入らないような、楽な姿勢が大切です。
瞑想の段階に入ると、自然と背中は真っ直ぐに伸びて、顔も正面を向いて、
手もあるべき場所に、移動してしまいますから。



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               5)黙祷

黙祷(辞書で調べると、声を立てずに祈りを捧げること、の意味がある、)
他の人はどのように黙祷しているが、しらないが、髭の仙人が黙祷するときは
声もださずに、心は沈黙している状態です。

最初は瞑想と考えないで、黙祷をしているつもりでいて下さい、
瞑想となると、力が入ってしまうでしょう。
黙祷ならば、誰でも簡単にできちゃいます。
黙祷のつもりなので、体調不良、精神不調であれば、休んででも良いですよ。
何日か、何週間か、黙祷して心のざわめきをある程度は、鎮める(しずめる)
作業です。

思いが真っ黒で、怒りに燃えていたり、嫌な事ばかり思っていて、瞑想しても
上手く行きません。
黙祷で心のざわめきを鎮めることが必要です。
心がある程度、穏やかになってきたら、黙祷がいつのまにか、瞑想の段階へと
入っています。



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     6)瞑想の真似事、、、を始めてみましょうか、

瞑想を始めるために座りました、深呼吸を2,3回して下さい。
軽く眼を閉じて、もう一度 深呼吸をして下さい。
始めての人に瞑想をさせると、背筋を真っ直ぐにし、顔を正面に向けて、手を
重ねて、私は瞑想をしています、、、と、、いう格好だけををつけている。 
瞑想はこの格好が正しいのだと思い込んでいるようだ。
瞑想は自己の内面を見ることが、目的です。
顔を正面に向けると、眼球も前に向いているので、内面(心)を見つめ難く
なります
顔を下に向けてやりましょう。
顔を下に向けると、眼球も下を見るので、内面、胸の中を見やすくなります。
今までつねに意識を外にだしていたので、内面を見るのを忘れがちとなるが、
瞑想では内面を見ることを忘れてはならない。
瞑想は内面を見つめて、心の荒い波動を、穏やかな波動にすることが目的で
す。
意識を外に向けて、内面を見つめることを忘れると、心を見失ってしまいま

髭の仙人の前回の瞑想(髭の仙人1 瞑想の仕方)で心を空(から)っぽ、、
になってしまったのは、意識を内面ではなく、外に向けてしまったからです。
瞑想で、どんなに身体と心が軽くなっても、内面を見続けることです。

(苦しい思い、嫌な思いは心を感じて思っているでしょう、内面を見ているの
です。内面を見るとはその要領です)


注意点
黙祷でも瞑想でもそうですが、すこし精神的におかしいと感じたならば、
すぐに中止して下さい、、、意識が外の世界に向いてしまっています、



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2017年3月2日

       7) 髭の仙人の黙祷 1

髭の仙人の黙祷を、もう少し詳しく述べてみよう。

自然、自然と想い、内に入れるのであるが、
外から内に入れるのである。
頭で自然と想い、自然の意識を頭から外に出して内に、
胸に、心に入れるのです。


身体の中を通して、自然、自然と思うだけでは、
胸、心で思っているだけで、お経のように自然、
自然と唱えているだけに過ぎない。、
外から胸の中に入れるのである。
宇宙も同じように外から内に入れている。
自然を入れて、宇宙を入れることを基本としている。
自然と宇宙を入れるのを基本として、光、パワーを増やしたり
自然と、宇宙を入れて、正義、世の為、人の為を入れたり。
自然を入れて、宇宙を入れて善い思い、真心、を入れたりして黙祷をしてい る

自然、宇宙、光、パワーを内に入れて、終りでは無い。
入れたものを出すことが大切なのである。
意識して外に出すのである。

自然を過去の人生に出して、
宇宙を、光を、パワーを一つずつ過去に意識して出している。
自然、宇宙、光、パワーを「過去」に出して、
また自然、宇宙、光、パワーを内に入れる。
入れてから今度は「現在」に同じように出すのである。
現在に出しきると、
自然、宇宙、光、パワーをまた内に入れるのである。
自然、宇宙、光、パワーを内にいれたものを「未来」に対して
出すのである 。
過去、現在、未来は暗くて出し難い人もいる。
未来は暗くとも出していると暗闇が夕暮れのような明るさとなる。
暗い未来だったが光が差してきた、と言った人もいる。
このパターンを三回繰り返している。。
休息もするが約二時間半から三時間はかかっている。

内に入れるばかりでは、役に立たないですよ、外に意識を出すことです。
人々は意識を外にだしているが、日頃の思いが出ているだけです、
意識して善い思いをだすのとは、内容が違うと考えています。

感謝、報恩、慈悲、愛、平和、喜び、成功、豊かさ、調和、健康、
平和、成長、繁栄、笑い、微笑み、喜び、楽しい、
他にも良い言葉があるが、これらを一つずつするのは良いことであり、
これらすべてを含む思いが善い思いです。
面白くも無いのに笑いながら話をする人がいる、
いつも微笑んでいる人がいる。
有難う、有難うと感謝の言葉を多用する人がいる。
何か違和感を感じませんか。
この違和感は一つの良いことだけをしているからである。
すべての良いことを抱合した善い思いは、
表面には出ないので人々には理解され難いのです。
普通の状態に戻ってしまうからです。

正しさも同じなのです。正しさも良い思いのひとつです。
日本には、「正しさを主張すれば角が立つ、」という言葉があります。
正しさの角で相手を傷つけて、自分もその角で傷つける、
正しさではなく、正義を述べることがまだマシです。

人生の過去、現在、未来に善い思いが出せるようになり、
日本の土地に人々に出し、地球にも出して、地球に住む人類、
生命あるものすべてに出し宇宙に出せるようになれるかもです。

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上記の黙祷(瞑想)をして、少しでも精神的な不調を感じたら
すぐに止めてくださいよ。
私達は黙祷の基礎が出来ているので可能であって、
基礎の出来ていない人がすると、過去の汚れがでてきますから。

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2017年03月21日

       8) 髭の仙人の黙祷 2      

今年になってから、黙祷の仕方が変化してきた。
     
髭の仙人の黙祷 1 をしていると、自然と溶け合うようになり、
宇宙とも溶け合うようになる、
自然、宇宙と溶け合い、一体感を得られている時は、
気持ち良いのであるが、黙祷を終わると元に戻っている。

これだけでは髭の仙人は満足出来なかった。
ある日のことである。
チャクラを利用したら、どうなるだろうかと思い、
実践して見ると良い結果が得られたので、他の人にも
試して見ると。
やはり同じ結果が得られたのである。
ある人は、「落ち着いた」と表現し
別の人は「気持ちがしっかりとしてきた」と言う。
今までの黙祷では、表現されなかった言葉が戻ってきたのです。

その黙祷方法は
人体には八つのチャクラがあるとされている。
 (チャクラの場所はサイトで調べて下さい)
黙祷しているので眼を閉じているが、このチャクラを外から
意識して見るようにする
 (身体の中を通して見るのでは無い、)
一つ目の尾てい骨を見るとします。
尾てい骨を外に眼があるとして外からみることが肝要です。
見ていると、心の波動が荒くなってきます。
この荒い波動を深呼吸して納めていきます。
深呼吸する場合、太く、深く、静かに、呼吸をする。

(深呼吸する場合、今までの癖で腹式呼吸してしまう人々が多いのですが、
胸で呼吸するよう心掛ける、空気を吸い込む肺は胸にありますから)
呼吸方法に拘らずに、胸に思い切り吸い込んで、吐き出します。
深呼吸をしていると、心の波動の荒さは消えていきます。
自己の身体にあるチャクラを外から見ることが大切ですよ。

このようにして八つのチャクラを外から見て生じる心の波動の荒さを
呼吸によって静めると、あなたは変わったことを実感できるでしょう。

八つのチャクラの波動が静まってくると、
次は尾てい骨から背筋に沿って、ゆっくりと見ていくのです。
波動が荒くなってきたら、深呼吸をして、ゆっくりと息を整える。
尾てい骨から背骨に沿って頭上までして、また尾てい骨から前のほうを
お腹から胸、 喉、頭上へと 波動を静めながら昇る。

三月になってからは、一日、二時間平均は黙祷している、
黙祷すれば楽になっていくのが実感できるので、楽しいのである、
この黙祷をしている頃、精神世界の真実、真理を知りたいと
思ってやってきたが、その門の前まで来ているとする、
想念が湧き出ていた、この想念は初めてである。

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3月19日に、四国のある神社にお参りに行ってきた。
その神社で深い呼吸をしながら黙祷していると、
呼吸の仕方が変化してきた 、
チャクラを意識していない黙祷となっていた。
11時頃、神社に到着して終わったのは16時頃であった。
神社に着いてから1時間位は休息していたので、
4時間黙祷していたのである。
「晩に来い」と言う事だったので、19時頃着いて、
暗闇の階段を登って行 った。
2時間近く黙祷していた。
昨日、想った、悟りの門を入ったと。

精神世界の真実、真理は外の世界にあるのでは無い。
あなたの内に存在している。      
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2017年3月31日


    9)髭の仙人の黙祷 3

髭の仙人がしている、黙祷は
静かに、気持ちを落ち着かせて黙祷に入ります。
黙祷をしていると、心にざわめき、心の波動が荒くなる時がある。
心の波動が荒くなると、深呼吸すると波動の荒さは消えて無くなってしまう。
これを何回も繰り返して、精神の安定をしている。
何回も繰り返していると、他の人が、浮かんでくる。
仮にAさんが浮かんでくると、その人をAさんと思う事無く、
もう一人の自分自身と想い、善い想いを出して深呼吸をしていると、
消えてゆく。

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深呼吸について
この黙祷での深呼吸は、普通の深呼吸では無く、
肺活量を調べる時は思いきり、胸に空気を吸い込む要領でしています。
思いきり空気を吸い込んで、口から身体中にある空気を出しきって、
出しきったとこで、呼吸を一秒でも二秒でも止めている。
止めてから空気を吸い込み、呼吸を整えて再度、黙祷している。

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大宇宙の果てに、もう一人の自分自身を発見した。
もう一人の自分自身に、善い思いを出していると、
他の人も、もう一人の自分自身であると、感じるようになった。
生命あるもの、すべてもう一人の自分自身と観じて、
善い想いを出していると、愛しき存在のようになってしまう。
動植物、人類、地球、宇宙、すべてもう一人の自分自身なのである。

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髭の仙人の黙祷 1,2,3、をその時々の心の状況によって、
組み合わせ黙祷をしている。

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2007年6月9日

    10) 門の中に入って、その後

門の中に入って、約三か月近くが過ぎた。
門の中に入ったので楽(らく)が出来るだろうと思考していたが、
現実は厳しい黙祷(瞑想)の世界が待っていた、
平均2,3時間はしているのだが、2,3時間近く、黙祷していると
集中力が欠けてしまうのである。
もっと黙祷をせよと、内なる声が叫んでいるようだ。

現在、行っている黙祷は
自然、宇宙、光、輝く、暖かい、溶けあう、打ち溶けあうを
基本として黙祷している。
この黙祷をしていると身体に、精神に、心に一本の心棒が入ったように感じている。

自然
自然を黙祷していると心が静かになってくる。
宇宙
宇宙での黙祷は、浄霊の効果がある、
溶け合う
過去の自分を嫌っていたりする人々が多い。
過去の自分と溶け合うようにする。
打ち溶け合う <
言葉を正しく記載するならば、打ち解けあうであるが、
打ち解けあうであれば、ピッタリこないので、打ち溶け合うとした。
すべて打ち溶け合って一つになることを主眼にしている。

特に溶け合う、打ち溶け合うは、過去の膿がでてくるので、要注意である。
門の中の黙祷は一般人にはお勧めできない。
指導者がおれば良いのだが、しかしこれが出来れば、
精神、心が安定し本来の自分自身が現れてくる。


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2017年7月4日

    11)門の中に入って 2

先日、ある神社で黙祷していた。
黙祷が終わって、気持ちを静めていると
「下をみるな」と神さまから言われた。(真理を求めて8)天 に記載)
その頃にしていた黙祷方法は。
自然、宇宙、光、輝く、エネルギー、パワー、善い思い、自分自身、
である。
これらの思い、意識を外に出していた、
自然の意識を無理して出そう出そうとすると疲れるので、
外にだすことを意識しながら自然を思っていると。少しずつ出ていくようになる。
ある程度は出ていくが、今までの常識的な考え方が邪魔して、
大きくは出ない。
常識的な思考は捨てなければならなくなる、
パワーでもそうだ、パワースポットに行って、パワーを貰いに行く。
光もパワーも欲しいであろう、

髭の仙人は、光もパワーも外に出している。
自分について
自分の意識を出していると
今まで縁のあった人が浮かんでくることがある。
その人は、もう一人の自分自身である、
もう一人の自分自身と観じて、自分自身を出している。
黙祷でこれらの思いを心からも頭からも出している。
出していると呼吸が苦しくなる時がある、深呼吸を何回もして、
深呼吸をしても呼吸が楽にならなければ、
大きな深呼吸、肺活量を調べる時のように身体中に空気を吸い込み、
すべてを口から吐き出している。

このような黙祷をしていた。

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2017年9月21日

       12) 画竜点睛を欠く

真理を求めて2、7)真理を求めての道に記載されているように
地平線の彼方に一人で歩いて行かなければならなくなったので
本年7月からお参りの会、瞑想会は、しばらくの間、お休みとしている。
8月に一人で、徳島の矢倉比売神社にお参りした時
神さまから
「10日間、山に籠るように」と指示を受けた。
「はい」と答えた。
10月の前半に四国の山中に籠る予定でいる。
山籠もりを実り多きものとするために
現在は黙祷(瞑想)に夢中となっている。
黙祷の形を完成させて、山籠もりをしたいと欲している。
黙祷の形は神仏の加護、導きもあり、ある程度は完成に近づいている。

9月前半までしていた黙祷は
天の思考、宇宙の思考、自然の思考、光の思考、パワーの思考、
エネルギーの思考、善い思考についてである
心(思い)と頭(考え)を一つにする黙祷であった。

天の思考を黙祷しているとき、あの世の姿を見てみたいと想念した。
どのようにすれば行けるのだろうか思考した。
宇宙を突き破ったら、どうだろうかと、宇宙の果てを突き破ってみた。

人の気配は感じられず静寂な、山の中を歩いていた。
太陽の光はなく、真昼の曇り空のような明るさであり、
左側は深い谷底のようであった。
平坦な山道を歩いて行くと、左に長い橋がかかっていた。
橋を渡ろうか迷ったが、真っ直ぐに歩いていった。
行き止まりになっていた、
その場の緑を観察した、地球にある緑と同じだった。
橋の所まで戻った、橋を渡ろうとして2,3歩位で、
黙祷の場に戻されてしまった。
(緑が地球と同じとは、修行が足らないな、
あの橋は三途の川を渡る橋だったのだろうか)

9月前半までしていた黙祷は、
竜の絵を描いていたが、眼を入れてないことに気付いた。
今はすべての竜たちに眼を入れて、黙祷に励んでいる。
黙祷すればするほど、心が清々しくなってくる。



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2017年11月9日

        13) 真理は何処

山籠もりをしてから、約一か月が経過した。
黙祷の目的も。変化してきた。
髭の仙人の黙祷は、この世的な正しさ、善についての黙祷から離れて
あの世的なものを求めている。

前回(12)に行ったあの世は、この世的な世界に似ている。
前回の世界より一段高い世界は、暖かくて穏やかで、上品そうな
な人々の集まりである。
しかしまだ人間臭い匂いを持っている。
その上になると人間臭い匂いは少しある程度となっている、
その上になると人間の匂いは消えて無くなっている。
これ以上、上の階層に上がっていくと、心も身体も浄化される感覚がある。
あの世の上の階層になると、正しさ、善などこの世的な思考
の意識は消えて無くなり。その段階の雰囲気、空気に染まるだけで、
心も身体も軽くなり、身体(霊体)も大きくなっていく感覚がある。
あの世の高い段階の空気に染まり、その空気を持ったまま
この世に戻ると、平静心で生活できるのである。

40数年間、精神世界の真理を求めていたが、
この世という現実世界には、精神世界の真理は存在していなかった。
あの世という精神世界に真理は存在していた。

この世から大宇宙を見ると広大無辺なものと認識しているだろうが、
精神世界から見ると小さなものなのである。
大宇宙を取り巻くようにあの世の階層が取り巻いている。

しかし、この上がまだある
一修行者として道を歩き続ける。

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2017年11月20日

      14)お天道さん

幼い頃、祖母から
「お天道(てんとう)さんが、いつも見ているからね。
悪いことをしては駄目だよ」と言われた事があった。
お天道さんとは、太陽のことであるが、天の道と書いてお天道さん
と呼んでいる。
髭の仙人も太陽のことだと思っていた。
天の道と書いてあることを知って、ビックリした。
髭の仙人は自然を相手から、天を相手にして天の道を
歩いているのだから、

髭の仙人は各地の神社にお参りしているが、神さまにも個性があり、
神さまも修行しているのであるが、何を相手にして修行しているのか、
疑問であった。
何を心の柱としているのか知りたいと欲していた。
神も神さまも天を相手にして修行していると仮定すれば、
すべてが納得できる。
この地球上には天(空)があり、あの世の次元にもそれぞれ天がある、
地球を創造した神の住む世界にも、天もあれば地もあるだろうと考える。

若い頃に本を読んでいると、神は山奥の木々の葉っぱの落ちる
ところまでお見通しである
という文があったと記憶しているが、神とか太陽であると
無理を感じるが、天がお見通しであれば納得する。
天は昼も夜も存在しているのだから。

日本人は無宗教の人々が多いとされているが、
神、神さま、仏さんを信仰するより、
天を相手にして生きているのではないだろうか、と感じている。
ある日、外国から来た人を、車で送って上げたことがあった。
その人は、困っています、助けて下さいと、日本人に頼むと
必ず助けてくれると、
信仰心が無いのに、助け合いの精神、優しさは天を相手にしている
からできるのであろう。
日本人の祖先から伝わっているDNA(遺伝情報)の中に、
天を相手にして生きていく情報がはいっているのではないだろうかと
推察している。

玉置神社の神さまから言われた。
「下を見るな」(真理を求めて8)天に詳しく)
下ばかり、見ていては苦しみばかりですよ、
上を見て生きていきましょう。
人からされた嫌なことや、物質ばかり追い求めずに天の道を求めて生きる。
髭の仙人は視線を下に向けず、前にも向けす、視線を上に向けて
黙祷をしている。
生きる苦しみや、嫌なことに負けないように、視線を天に
向けることに集中している。

天の道を一歩進むには、心の浄化をしなければ進めない
一歩進むごとに、心は軽くなっていく。
天に昇るたびに、これからの人生が上手くいくように感じている。

人間は人間としてあるが、本来は霊として存在している。
地球に誕生すると、現実の世界しか見えなくなってしまい、
霊であることを忘れてしまう。
霊魂としての自分が本来の自分である


(妄想話)
ある日に黙祷していると、地球が目の前に現れた。
何かの原因で人類が滅亡していき、地下壕に避難している
人々も救われることは無かった。
人類が一人残らず滅亡した、どうなるのだろうかと思っていると、
世界各地で二、三人連れの人々が現れる
何故、助かったのか不思議だったが、神から選ばれた人々である。
新たに人類の始祖となる人達である。
歴史は繰り返すのであろうか、
人類、一人一人の心がけで防ぐことが出来るであろう。
お天道さんを相手にして生きていれば、、、


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2018年11月8日

    15)  払い浄める瞑想

髭の仙人の身体、心、魂にこびり付いた罪穢れ、汚れ、
を払い清めた黙祷方法です。

正しさを例にすると

1)人から受けた正しさを捨てる。
2)人から受けた正しさの生霊を捨てる
3)人から受けた正しさの怨霊を捨てる
4)人から受けた正しさの亡霊を捨てる
5)人から受けた正しさの怨念を捨てる
6)人から受けた正しさの呪いを捨てる
7)人から受けた正しさの霊を捨てる

上記の七つを基本として捨てている。

捨てることは沢山ある。
年齢もそうである。年を取れば疲れやすくなる。
人々は言う、「当然ですよ」と
この言葉を受けて、今まで以上に疲れやすくなるのである、
人々は自分の思考で生きていると考えているが、それは間違っている。
人々の思い、意識、想念を受けて、影響されて生きているのである。

このようにして黙祷しながら身体全体にこびり付いた汚れを払い浄めた
ある程度、払い清めたので、瞑想で、天高く登って行った。
光の世界に入っていった
光の中心部には何があるのだろうかと、その日は想念した
光の中心部を目指して歩いていった、
途中から光の色が黄色を帯びてきた。
焼け死ぬのではと思い、身体に熱を帯びていないか、観察した。
熱くもなかったので、安心して中心部に進んだ。
光の中心部には、、、、、私の姿が、、、、、、瞑想状態で座っていた

数週間後、光の中心部に自己が存在するのであれば、
心の中心部には光に通じるものがあるのではと推測して探ってみた。
心の中心部に光の源があった、現在は心の中に存在している光を輝かす、
瞑想もしている。
光は天に在るだけでは無く、心の中にも光の源が存在している。


-----------------------------------------

(いつの日だったか、宇宙の果てに自分自身の姿が現れた、
事を記載したことがあった。
早速、神か、、、と言う意識が飛んできた。
意識、想念を飛ばさないでね。 このような事があったと言うだけですから

このホームページから受けたのは無いか調べてみた、出てきた
何やこいつは、嘘ばかり書きやがって、そんな事あるか バカバカしい
生霊となっているのは
嫌なやつやな(自分の信仰(教え)と違うから
このような意識は,その人達の、正しさの思考であろう。
この先はまだでてこない、
この意識、想念の正しさは、私には必要で無いのでゴミと同じように
捨てている。

----------------------------------^^^^^^^^^

正しさ、身体を捨てるを
詳しく知りたいひとは youtube にアップする予定ですのそちらを、
youtubeにアップ予定は男性で自分の正しさを主張するので
捨て去るようにしていたが、身体に受けた意識、想念が多いので
身体を捨て、その後に正しさを捨てるようにした。
約二時間の実際の鑑定を本人の了解の上で掲載の予定です
youtube にアップすれば、ここにアドレスを掲載する
掲載する時期がくれば、アップする。


-----------------------------------------------戻る
2018年12月17日
        16)悟りの要素


京都大学の本庶先生がノーベル賞を受賞した。
本庶先生が述べた言葉が、心に響いている
先生は、「教科書に書かれていることを、全部正しいと信じてては駄目だ」
「常識を疑え」と言われたことである。

髭の仙人も精神世界の教科書から乖離している。
人を愛しなさい、親に感謝しなさい、人に優しく接していきなさい。
等々の教えが教科書通りであろう。
教科書通りにして、悟れるならば、多くの人々が悟っているだろうと
感じているのは私だけであろうか。
-------------------------

悟りには
真、善、美、という三つの要素が必要である。

真とは
自分自身のことであり、
自分自身が存在しているから、今のあなた方は
この世にも。あの世にも存在できるのです。

じかし残念なことに、自分だけの思考で生きてきた人には
真理に通じた自分自身の思考が出てこない。
自分自身より自分の部分が強いのである、、
自我、自分と我(が)という部分を捨てていかなければ
真理に到達することは不可能であろう。
自分自身の思考で、人生を生きていくことが必要である。

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善について
善なる言葉を自分自身に入れる作業である。
善なる言葉を調べると160程の良き言葉があった。
この良き言葉を一つずつ、自分自身に入れていく。
愛情を入れたいのであれば、
[自分自身に愛情を入れる、入れる」と何回も思いながら入れていく。。

自分自身に愛情が無いのに、他の人を愛そうとしても。不自然に
なってしまうので裏切られることが多くなる。
良き思いを自分自身に入れていくと、変わろうとしなくとも
自然に善きように変わってしまっている、自分自身を発見する。

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善なる言葉を入れていくと、過去の暗い思考が浮かび上がって
くるので要注意です。
髭の仙人は、あの世に行ったり、天に登ったり、捨てたりできているから
可能なのである。
焦ることなく、無理をしないように入れることを、お勧めします。

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   美について

昔の剣豪と呼ばれていた人達は、意識が外に出てなかったのでは
と推測している
勝ちたいとか、負けたくないとか、弱いものを馬鹿にするとか、
そのような意識がでていない。
剣の弱い者は、勝ちたいとか、殺気を出してしまう。
剣豪だけでは無く、一般の人々もそうである。
苦しみの意識、暗い意識、攻撃する意識等々を出している人々も多い。
精神世界を求めている人々は、心を無くして、無我の意識を出したり、
何も思わない事が、瞑想だと思い、善なることも、悪なることも、
無くしている人の意識も存在する。
無我とは、我(が)を捨てて、意識を出さないことが無我ではないだろうか、

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意識を出さないことで、一つ良いことをプレゼントしょう。
健康な人には関係ないが、身体の痛い部分、
痛いという意識が外に出ているので身体の内に入れてしまう。
胸で呼吸しながら、痛い部分を意識し、身体の中に、内に入れる入れると
思いながら入れてしまう。
身体の内に入ると痛みが軽減される。
何人もの人に教えて、痛みが軽減されたと言う結果を得ている
試して見て痛みが軽減されたならば、意識を出さないことの
重要性が解るであろう。

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呼吸の仕方について

呼吸についても、腹式呼吸をしている人々が多いのである。
腹式呼吸ではなく、胸で呼吸することが大切です。
呼吸する肺はお腹にはないですよ。
呼吸する肺は胸にあるのです。
腹式呼吸をしていると、意識がどうしても下に向いてしまう。
意識が下に向くと、暗いこと、嫌なこと、を思ってしまいます。
貴方も若い頃は胸で呼吸していたでしょう。
胸で呼吸ができるように、、、、、
髭の仙人は胸で呼吸しながら黙祷をしている。

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呼吸のことであるが、髭の仙人は前前生で、真理を求めていたが
悟ることなく、無念の思い、苦しみながら、前前世を終わった
前世では精神世界を求めても苦しかったので、普通の生活を送った。
やはりこの世で生きるのは苦しかった、苦しみを抱えて人生を終わった
前前世より普通の生活を送った前世の方が苦しみの度合いは、大きかった
現世では苦しみの少ない、精神世界に戻ったのである。
このことが解ってから、呼吸が楽になった。
来世を浄めると、希望が生まれる。

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髭の仙人は、自分自身、自分自身に善き思い、意識を出さない、
この三つを基本として、その他で黙祷している。


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2019年1月7日

      17)悟りと大悟

2017年の10月に10日間の山籠もりをした。
山籠もりをして悟り、大悟したのであるが、その頃は悟り、大悟を
重要視していなかった。
16)の黙祷を進め穢れ(ケガレ)汚れを祓っていると
悟り(あの世)大悟(天)に昇ることが多くなっている。

あの世の光と、天の光は質が違う
あの世の光は春の日差しのように柔らかい
天の光は真夏の日差しのように強い光である。
光に違いがあるので両方の光を浴びるためにに昇っている。
あの世、天に登れば登る程、この世的な思考は少なくなる。
少ななくなると表現したのは、。私の肉体はこの世にあるからです。
もしこの世に生きて居なければ,完全なる無我の境地となる
あの世、天に登って無我の境地となっても、何もかも無くなるのではない。
心地よい気持ち、魂(心)だけが残る。
この世の価値観で、世界の金銀、財宝、世界を征服したとしても
この世では称賛されるだろが、あの世では通用しない。
あの世では美しい魂(心)のも持ち主だけが高い世界に昇れる。

ある日、あの世に登っていった、
高い階層で、ある人物と出会った、
姿はぼんやりと見え顔は見えなかった、男性で私の知らない人だった。
その人物の持つ魂(心)は優しく、暖かく、慈愛に満ちていた。
その人の前にいるだけでも、心が暖かくなり、癒される。

(顔は見えなくとも雰囲気で男性だと解った、
これは予想外だった、宇宙の果てに自分自身が存在し、
光の中心部にも自分自身がいたので、
あの世、天にも自分自身の姿が見えると推測していたのである。)

天の世界では、上記のような魂(心)とはまだ出会えていない、
まだ私の魂(心)が重たいことを自覚している。

六根清浄大祓
仏教の世界でも、神道の世界でも六根清浄を述べている。
神道の世界では六根清浄大祓の祝詞を重要視している。
身体、魂、心の汚れを祓い浄める祝詞である。
髭の仙人は浄霊法に記載しているように、捨てる、捨てるで
六根を祓い浄めてきた。
六根清浄が出来なければ、身体も、魂も重たいので、
あの世、天には行けないのである。

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あの世の高い世界にいる人物と出会えたことは
自分自身が浄化されているのであるが、
浄化されているという実感はない。
前のままの精神状態という感覚だけがある。


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2019年1月24日

     18)呼吸を相手に

黙祷していてある事に気づいた。
胸式呼吸を主にして黙祷をしたらどうだろうか、これしか無いと感じた。
もし呼吸で駄目だったら、すべて諦めようと
呼吸で黙祷する前に、誓ったことがある。
あの世、天に登ることは止めよう、、、、
呼吸をしながら、あの世、天に昇り光を浴びたりすると、
呼吸が良かったのか、あの世、天に昇ったから良くなった
が判別出来なくなる惧れがあるので、
呼吸だけで魂の汚れを祓い浄める黙祷をしていた。

呼吸の黙祷を始めて十数日後、黙祷中に天に昇ってしまった
天高く昇ると、ある御老人に出会った。
あの世の人物は優しく、暖かく、慈愛にみちていたが、
この御老人は天高くに存在しているので高い能力があると推測されるが
そのような意識、雰囲気、オーラは微塵も出ていなかった。
質素な白い布地を身体に纏っていた。
この御老人の前に歩み出た、
御老人の前に立っていると魂(心)の汚れが、洗い浄められる
感覚だった。
この感覚が無ければ、地球上に住んでいる普通の御老人である
御老人と二言三言話しをして、この世に戻った。

あの世の人物は優しく、暖かく、慈愛に満ちた意識を出している。
この世的には、そのような人が褒め称えられるであろう。
私はこの道を選ばなかった。。。

私の求めている道は天高くに存在している御老人のような道であることを
再認識した。
私は天に存在している、御老人のような生き方を求めている。

自画自賛となるが、
このホームページを読むと凄いことを書いていると人は思うようだ。
本人を見ると、どこにでもいるような、人である。
お参りして足の悪い人を治すところを見ると、やはりこの人は凄い人だと
思ってしまうらしいが、それが終われば、普通の人である。
落差が激し過ぎると言われている。
私自身、、凄い人と言われると、、
自分では、そのような意識を外に出さないことが凄いと考えている。
私の生き方、やってきたこと、これで良かったと安堵した。。。

呼吸であるが、
ある日、その人も呼吸で黙祷させているが
「悟り、大悟した人の説く法、呼吸」
笑っている、私も馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。
しかし呼吸は「私と共に存在するもの」「尊きもの」である。
長年、探し求めていたものが、やっと見つかった。

呼吸は神を信仰している人も、信仰していない人も
信仰の教えに関係なく、
教育を受けた人も、教育を受けられなかった人も
善人にも悪人にも、光の天使達にも、闇の人々にも
人類、あの世も含めて、すべての人々に平等,公正、
に備わっている。

背中に重たい荷物を担いだまま、人生を歩いている人の
荷物を少しでも軽くしてあげたい気持ちが抜けきれなかったが
この気持ちも消え去った。
呼吸の意識を出しているだけで良いと気づいた。

イエスキリストは、さまざまな奇跡を起こしたとされるが、
本人はそのような意識を出していなかったと考えている。
偉いという意識、神の子という意識そのような意識が出ていなかったので
キリストを裏切ったとされるユダは
本当に神の子だったら、助かるだろうと、試したかったのであろう、
もしイエスキリストが、あの世の人物のように、
意識(偉い、神の子としての意識)が出ていたら
ユダも試すことはしなかったのではと推測する。
イエスキリストは天を求めていたのです。
天を目指している人々は、そのような意識を出さない、
普通の人のように見えるので、他の人から舐められる事もある。

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2019年2月18日

      19)胸式呼吸

呼吸の乱れは、心の乱れであり、
呼吸は自分自身の心の姿でもある。

若い頃は胸式呼吸をしているが、年齢を重ねると、
いつも間にか、腹式呼吸となってしまう。
胸式呼吸より腹式呼吸が楽にできるからであろう。
腹式呼吸になるにつれて、意識が下がるので暗いこと、嫌なこと、
を考え思うことが多くなる。
腹式呼吸をしている人に胸式呼吸をするように指導すると
呼吸が浅い、細い呼吸しかできないようだ。
呼吸が浅い、細い、呼吸はその人の精神状態を現す。
浅い呼吸しかできない、どうしたら良いと質問を受けることがある。
無理に胸式呼吸をすると、肺が痛くなる可能性があるので、
無理をしないように、日頃から常に胸式呼吸をを意識して
呼吸をするように助言している。
肺を動かす筋肉がついてきたら、出来るようになるからと、


髭の仙人は
胸式呼吸を相手にしての黙祷をしている。
正しさの黙祷を例にすると
胸式呼吸ををしながら
正しい呼吸、、、呼吸を正しく、と二通りでしている。
正しい呼吸は自分自身のことであり、
呼吸を正しくは人から言われた正しさをユッタリした呼吸で
受け止めることである。
これが出来ると、正しさで人を責め、自分を責める輪廻から
離脱できるようになる。
愛も同じです、
愛の呼吸、、、呼吸の愛と両方して呼吸を整えている、

180程の善き言葉を平均的に一つずつ黙祷している。
これらをしていると、意識が外に出やすいので。
出かかったときは、意識をを外に出さないと黙祷している。
(意識がでると苦しみの原因となる)
胸式呼吸をしていると、何かが善きように変わっていく。

胸式呼吸、、、胸式呼吸の黙祷は
貴方達を救うメシア(救世主)となるであろう。



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3019年3月4日

    20) 天を相手にして

黙祷の仕方が変化してきた。
胸式呼吸しながら、善なる言葉の意識を受け身になって受けて、
少し出していた。
これだけでも良くなっていく感覚はあったのだが、
黙祷を続けていると天を相手にしての黙祷となった。
眼の視線を上にあげて、天を見つめながら、
今までやってきた黙祷をしている。

視線を上にあげるのは、視線が下がると雑念が生じる、
雑念があれば、集中力が持続できなくなる。
胸式呼吸をするのも同じ理屈であり、胸式呼吸することによって
意識が上に上がりやすくなる。
意識が上にあがると、頭で思考するようになる。
胸で思うことは少なくなる。
(心を使って思考するのでは無く、頭を使って思考することです。
心が楽になりますよ。)

貴方達も少しでも良い生活をと上を(天)を
目指して仕事をし頑張って生きているだろう。
精神世界も同じである。
天を目指して、天を相手にして生きていくことです。
意識を天に揚げて進んでいきなさい、
神、神さまも天を相手にして修行している。

悟りはあの世、大悟は天に昇ること、
大きく悟っていくことです。

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2019年4月15日  (2021年5月15日 修正)

        21) 善なる言葉

アイウエオ順に記する
愛    愛情    愛嬌    明るい    暖かい
謝る   安心    安全    安定     一流
偉大さ  威厳    慈しみ   一体     祈り
癒し   美しい   敬い    嬉しい    永遠に輝く
栄光   英知    エネルギー  黄金率   贈り物
穏やか  落ち着き  円満    思いやり   恩恵
温和

快活   解決    解放    飾らない   活動力
活力旺盛  金持ち  果報者   神さま    歓喜
感謝   完成    完全    寛容     記憶力
気立てが良い  清らか  気品  気高い    希望
供給   強壮    協力    協調     共感
綺麗   金運    決断    健康     元気
健全   賢明    啓示    謙虚     献身的
好意   合意    幸運    高潔     高貴
貢献  幸福な日々  幸福を重ねる  肯定   答え
鼓舞   公平    公正

最高   才能    財産    財運    栄える
先払い  賛美    慈悲    慈愛    自信
自立   自由    自由自在  静か    親しみ
実現   収入    祝福    純真    順応
称賛   正直    清浄    情熱    上品
勝利   自立    思慮深い  真実    信じる
親切   信念    真の強さ  神秘    神秘な力
信用   信頼    真理    清々しい  澄み切った
素直   すべて良くなる    すべて上手くいく  正義
贅沢   成功    誠実    清潔    成長
誠意   強い精神力   強い生命力     生命の躍動
聖なる愛  聖なる力  生命の輝き  先見の明  全知全能
爽快   創造力   聡明    責任感   善意
尊敬   素朴

大切   助ける   正しさ   達成    楽しい
大志   団結    知恵    地位    名誉
権力   力強い   秩序    知性    治癒
中道   忠実    長寿    調和    丁寧
適切   天     天分    到達    解き放つ
徳分   独立    富     努力    仲間
熱意   発揮    発展    把握    繁栄
美徳   控えめ   飛翔    光り輝く  品位
品格   富     富貴   不屈の精神  不思議な力
復活   不滅    不老不死  平穏    平静
平和   平等    豊富    報酬    仏さん
豊穣   魅力    無邪気   無限    名声
名誉   恵み    目的

保護   微笑み   真心    守る    味方
認める  導き    優しさ   安らぎ   勇気
友情   優美    有名    裕福    豊かさ
利益   理解    理想的   凛とした  冷静
黎明   若さ    夢     許し    陽気
喜び   心地善い


等々の良い言葉、その他にもあるだろうが、、、、      
これらの言葉一つずつしていくのだが、胸式呼吸をしながら、
愛を例にすると、
愛の呼吸と思いながら、胸式呼吸に集中している。
髭の仙人は、胸式呼吸と、愛を自分自身に、愛を内に入れる、
の黙祷もしている。
基本は胸式呼吸で、、黙祷している。

(上記の善い言葉を自分自身に入れる、内にいれる、呼吸と
共に入れるのは、意識を外に出すのを防ぐためです。
意識が外に出ると、頭、胸が騒めいたり、もやもやする
可能性が大となる。)

善なる言葉の黙祷をしていると、ある事に気づいた。
言葉の一つづつは、単体では成立しないという事に、
愛について説明すると、
愛の中に明るさ、暖かさ、慈しみ、穏やか、等々なども必要であろう。
明るさ、暖かさ、慈しみ、穏やか、等々がなければ、
愛、愛と行為しても真の愛ではではないだろう。
自己満足の愛に過ぎない。

上記の良い言葉が単体で存在しているのでは無く、
相互に関連しあっている。
200程の良い言葉であるが、平均にしていくことによって、
精神が魂が高次元になる。。

(最初からこの黙祷は無理であろうから、閉じた視線は上に上げて
天の○○を自分自身に入れてコツを掴んでからにするように、)

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善き言葉の黙祷を呼吸で始めて半月後位だったろうか、
黙祷をしていると天に昇っていった、
天高く登っていった。
天の世界にたどり着いた。
天上界の世界の空気は、どこまでも澄み切って、清らかであり
緑は、静かで美しさがあった。
天上界の空気を吸い込むと、心も身体も澄み切って
くる感覚があった。

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2019年5月26日

          22) 脱皮

本年4月の後半から5月の連休に、10日間の山籠もりをしてきた。
その後、三泊四日で伊勢の神宮、125社をお参りした。
ある社で、胸式呼吸をしながら、黙祷していると
「脱皮せよ」 と、神さまの声が聞こえた。
髭の仙人は脱皮しなければならないと自覚した。

125社をお参りしていると、神さまの指導があったのだろうか
少しずつ脱皮しかかってきた。

伊勢の神宮、お参りから、帰って、本格的な
脱皮(正しいとされている教え、
常識、盲信,固定観念を修正した)の黙祷に向かっている。
仏教の説く、八正道は、正しく見る、正しく思う、正しく語る、
正しく仕事、正しく生活、正しく精進、正しく念じる、
正しく定に入る、であるが、

八正道は八つの正しい道であることが理解できると
善なる言葉と八正道が結びついた。
真理とは神さまのことであり。
善なる言葉と八正道に神さまも、結びついてしまった。

今までやってきたことが、すべて関連している。
胸式呼吸、このサイトに記してある浄霊法は
 f神道、仏教の世界で説く、眼耳鼻舌身意である
五感六根を祓い浄める方法が浄霊法である。
上記の、胸式呼吸、神さま、善なる言葉、
八つの正しい道が一つになった黙祷を
していると過去に人から受けた想念、
意識が浮かび上がってくることがある、
それらは捨てる捨てるで、祓い浄めている

祓い浄める方法として
(1)人から受けた、意識、捨てる、捨てる。
(2)人から受けた、生霊、捨てる、捨てる。
(3)人から受けた、怨霊、捨てる、捨てる。
(4)人から受けた、亡霊、捨てる、捨てる。
(5)人から受けた、死霊、捨てる、捨てる。
(6)人から受けた、怨念、捨てる、捨てる。
(7)人から受けた、呪い、捨てる、捨てる。
(8)人から受けた、霊、 捨てる、捨てる。

この八つの中身を調べながら、捨て去っている

若い頃、善なる言葉も八正道も単体でやろうと
していたので出来なかった、当然である。
神道の神さま、仏教の教えである八正道は
お互いに関連して、魂を高めるために存在している。
一神教の神さまも、神道の神さまも、お釈迦さんも、
人類を救うための法を述べているのである。
神さま、善なる言葉、八つの正しい道が一体となった教えが
人類を静かな境地へと導くであろう。


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2019年6月3日

      23) 新説 八正道


八正道は、正しく見る、正しく思う、正しく語る、正しく仕事
正しく生活、、正しく精進。正しく念じる、正しく定にいる、
であるが、八正道は八つの正しい道であると、22)脱皮に記載した。

八正道の、見る、思う、語る、仕事、生活、精進、念、定に入る、は
この世で生きていくための、精神世界の意識、心の働きをすべて表している。
見る、思う、語る、仕事、生活、精進、念、定に入る。
生きる為の行為、行動を正しさでまとめるることが、八正道である。

八つの正しい道に、正しさだけではなく、善なる言葉の一つ、
感謝を入れても良いだろう。
感謝を見る、感謝を思う、感謝の言葉、感謝で仕事、
感謝の生活、感謝で精進、感謝を念じる、感謝で定に入る。
としても良いのではないか。
見て、思って、「ありがとう」感謝の言葉を語る。
言葉だけではなく、感謝で(仕事)行為、行動をしているか、
生活,精進では、感謝するだけではなく、
感謝されるような、善いことをしているか、等も
求められるであろう。

正しさの代わりに愛を入れても良いだろう、
愛を見て、愛を考え、思い、愛を言葉にして語り、
愛を持って仕事、行為、行動をして愛のある生活、
愛の精進 愛を念じ、愛で定に入る、でも良いだろう。

八つの正しい道は、善なる言葉すべて当てはまるのである.
正しさを入れたら八正道
感謝を入れたら八感謝道
愛を入れたら、八愛道となる、

髭の仙人はこの八つの道を
見る、、、思うは、思うと考えを、両方をして、、、
語るは言葉と語るを両方、 仕事は、、、仕事と行為、行動、
生活は、、、生活、、、精進は二つの意味がある、
浄めるための精進と、目的に向かって行く精進と
念は、、念、、、、定に入るは、、、生きる、と定に入るとしている。
その時によって両方をしたり、一つだけだったりと、
使い分けている。

八正道と善なる言葉が、これで結びついたが、
これだけでは、まだ不十分である。
正しさも立場が違うと、正しさが異なるであろう。
感謝も愛も、こう言うものだと、判断をするが、
その判断材料は、この世的なものであり、
感情が入って、判断してしまう可能性がある。
それは真の感謝、愛にはならないだろう。
この世的な判断ではなく、この世よりも次元の高い世界に
求めなければ、ならない。
次元の高いとは、神さまのことである。

神さまを右肩において、感謝を神さまはどのように見ているのだろうか、
神さまの見方を学ぶのである、
感謝に対して神さまはどのように考え、思っているのか、読み取るのである。
感謝に対して神さまはどのような言葉を、
感謝に対して神さまはどのように行為、行動しているのか、
感謝に対して神さまはどのような生活なのか、
感謝に対して神さまはどのように精進しているのか、
感謝に対して神さまはどのように念じているのか、
感謝に対して神さまはてどのように生きて、定に入っているのか
と神さまから、学ぶようにしてやっている。


髭の仙人は神社へのお参りを、若いころから趣味と
していたので、神さまは、身近に感じている。
お参りに連れて行った人とも、3月から黙祷の会を再開したが、
4月は山籠もりの為に休んで5月に黙祷会をした。
お参りに参加していた人には右肩には神さまが付いていた。

この黙祷をしていると、静けさと暖かい、気持ちになってきている。


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2019年7月10日
   
       24) メシア(救世主)は何処に

あの世の高い階層に昇っていくと善なる言葉、正しさが
消えて無くなり落ち着いた気持ちだけが現れる。
(数人をあの世に連れて昇ったが、やはり同じことを言う)

善なる言葉を新説八正道に合わせて黙祷をしていると、
不思議なことに、あの世に昇って感じたこと、
善なる言葉、正しさへの拘りが無くなっているようだ
善なる言葉、正しさが無くなると、残るのは呼吸だけである

皆様方は胸式呼吸そのものが、息苦しくて出来ないのではと
推測する。
胸式呼吸をしながら、息苦しくなると、心身の汚れ、穢れを
払い浄める必要がある。

今まで、髭の仙人の指導で祓い浄めるため、捨てる、捨てるをすると
出来るのだが、一人ですると、出来てるか、どうか分からないと
言われることが多い。
祓い浄めることが出来てるか、どうか分からなくとも
心身を軽くするために、過去の苦しみ、嫌な事、暗い思考、
その他を捨てようとする努力が必要です。
少しは捨てられているでしょう。

19)胸式呼吸を記載してから、このホームページの閲覧者が
急激に減少した。
胸式呼吸はあまりにも、身近過ぎて、馬鹿、バカしいと感じたのだろうか。
人々は、愛とか慈悲とか、宇宙を創造した神とか、
奇跡を起こすメシア(救世主)を求めているのだろうか、

髭の仙人の思考しているメシア(救世主)は
貴方自身がメシア(救世主)なのです。
自分で自分自身を救っていくのです.
他の人々は貴方を救ってはくれませんよ。
救ってくれたとしても一時的な事です。
貴方を永遠に(この世でもあの世でも)救ってくれるのは、
貴方自身の思考と行為にあるのです。
もう一度、言います。
貴方自身が自分自身を救うメシア(救世主)なのです。、


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2019年8月9日

      25)人間の殻を破る

神さまに信を持っていない人々は
上記に記載していることは不可能ではと推測する。

この世は、一人では生きていけない。
相手が存在している。
感謝も愛も、神さま、人に対しての感謝であり。愛である。
感謝、感謝と唱えても相手の人が、受け入れなければ
感謝は成り立たない。
感謝されるような事はしていないと思われてしまう。
愛もそうです。愛してますと言っても
相手が受け入れてくれなければ、一方的な愛の押し売りと
なってしまう。

善なることの押し売りにならないために
お互いさんの意識をもつことです。
お互いに感謝する。
お互いに愛すると
お互いに感謝する黙祷を髭の仙人はやってきた。
お互いに愛情をとの黙祷をやってきた。
お互いに感謝の黙祷をやっていると、
今まで縁のあった人々が浮かんでくる。
相手によっては苦しくなる場合がある。
その場合。相手の人は貴方に感謝は無く
批判、中傷していることがある。
批判、中傷されていると感じたならば
お互いに批判を捨てる、捨てる。
と黙祷して批判を無くしていいる。
中傷も同じである

先日。神社で黙祷をしていると
神さまが
「何故。そのようなことをしておる」と質問された。
「人間の殻を破りたいのです」と答えた
「それならば良い、」と神さまが

この時の黙祷は神さまに近づくための黙祷をしていた。
人間の殻を破るためには、神さまの意識に
近づかなければ殻は破れないと感じていたからである

この世から死んで、あの世にいった人は
悟られたとも言う。
この世の肉体の殻を破ってあの世にいったのである。
この世の肉体。人間としての殻を破って
こそ、人生の悟りではないだろうかと感じている。

神の国に入るには、針の孔を通るより難しいとの
言葉がある。
人間としての殻を破ることが出来ると、
この世に生きながら、神の国へ到達できるのではとも
感じている。

人は神さまでもない。神の子でもない、
人間なのである。
人間の殻を破ってこそ、神さまの子となる.


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先日、ひdさしぶりに天の国に昇った。
天高く昇っていくと天の国が見えた、
天の国の前に立つだけで、精神は落ち着き、リラックスと共に
清々しい気分となる。
しばらく天の国に止まっていたが、上があるのではと想ったので
天の国の上階層に上がっていった。      
天の国の第二層が存在していた、

天の国、第二階層の世界に存在している、すべてのもの
と、溶け合うような感覚となった。
第二階層の世界にある森羅万象の一部となって溶け合っている、
しかし自分という感覚は存在している。

天の国も、あの世と同じように階層があると理解した、
天の国、第三階層はどのような、世界が広がっているのだろうか、
現在の私には、まだ遠い世界である、
この世に生きている間に、行って見たい世界である。

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2019年11月24日  (神も親しみ、尊敬を込めて神さまと記載)

       26 )神さまの国

上記の11月14日、天の第三階層に昇るのは遠い先のことだろうと
考えていたが、昇ることができた。

天の第三階層は神さまの国だった。

神さまから十戒を授かったとされるモーゼ、
神さまの名を問うと
「我は在りて有るものなり」と答えたとされている。

お釈迦さんは、「天上天下推我独尊」と表わしている。
髭の仙人が独断と偏見で天上天下推我独尊を読み取くと、
あの世でも、この世でも我、存在し一つ尊いものがある。
ということでしょうか。


髭の仙人が記載するとしたら下記となる

あの世でも(天の国も含む)、この世でも永遠に存在し、
自分自身ほど尊いものはない。

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天災地変があろうとも、物質、さまざまな情報、
周りの人々.等々に振り回されることのないよう、
自分自身が、しっかりしていないと、振り回されてしまいますよ。
環境に振り回されないように、
自分自身をしっかりと持って、天を相手にして生きていくことです。


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神さまから一日も早く、記載するように言われたので、
記載した。


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2019年12月17日

神さまの国より上の階層には昇れないであろうと感じていたが、
自分自身をシッカリする、黙祷と払い浄めを続けていると、
上の階層に昇ってしまった。
神の国の上の階層を見ると暗闇が支配しているようだった、
暗闇を見ていると、これは無の世界であると感じた。
無になる黙祷を続けた。 (無我の世界ではない、)
無になる黙祷と、払い浄めの黙祷を数日、続けていると、
心の自由と開放感が得られるようになった。
(普通、常識的な思考では、無の世界は静かな世界と
想定しているであろう、静けさよりも心の自由
解放感の方が強い)
無の黙祷をしていると、暗闇を歩けるようになった、少し歩いて行くと。
暗闇の中に隠れるように、光の世界が広がっていた。

現在は無になる黙祷と、払い浄める黙祷、、
光を自ら発し光の環を大きくしてその中で黙祷をする時間を増やしている。
自分自身と言う概念も消えてゆく、
残るは呼吸のみ。

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2929年1月22日

   
27 ) 安らぎの世界、 喜びの世界

天の国第一階層は、精神の落ち着き。
天の国第二階層は、大自然と溶け合う国。
天の国第三階層は、光、神さまの国
天の国第四階層は、無の世界
暗闇も光も無である。
同じ無であっても、暗闇の無と、光に包まれての無とでは内容が
極端に違うであろう。

神さまの国までの心身を浄める黙祷は
22) 脱皮に記載されている浄める方法をしていた。
胸呼吸が楽になったら捨てられている。

(1)人から受けた、意識、捨てる、捨てる。
(2)人から受けた、生霊、捨てる、捨てる。
(3)人から受けた、怨霊、捨てる、捨てる。
(4)人から受けた、亡霊、捨てる、捨てる。
(5)人から受けた、死霊、捨てる、捨てる。
(6)人から受けた、怨念、捨てる、捨てる。
(7)人から受けた、呪い、捨てる、捨てる。
(8)人から受けた、霊、 捨てる、捨てる、

---------------------------

上記の黙祷を続けていると
天の国第五階層、第六階層と昇っていった、

無の世界を抜けると、安らぎの世界となり、
安らぎの世界を抜けると、喜びの世界が広がっていた。
喜びの世界に入ると、大自然、樹木、草花、
そよ風、大気、すべてが、私がこの世界に来たことを、
喜んでくれている。
自然と私も喜びの気持ちとなっていた。

喜びの世界に入って、私の思考していたことが間違いでは無かった。
しかし衝撃も受けた、

喜びも、自分が喜びたいのでは無く、他の人を喜ばすことが大切だと
感じた、
感謝も愛も、自分がするのでは無く、人々から感謝されるような
行為、行動をしていくことが重要だと感じている。

-------------------------------

髭の仙人は常に、人生を前向きに生きていこうと考えていた。
前向きに生きる、、、大きな間違いであった。
前向きに生きるのでは無く、上向きに生きることが正解であった。

この世に生まれ、前向きに生きて、さまざまな試練を乗り越えて、
地位、名誉、金銭を手に入れたとしても、この世では良いが、
あの世では、それらが重荷となって、下に落ちる可能性が大ですよ、
この世に生まれた目的は、心身を軽くして、天に昇っていくための
修行が本来の役目なのです。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
天の国第五階層、安らぎの世界
天の国第六階層、喜びの世界
に入ってから黙祷の仕方も変化してきた、
捨てる、捨てるを、取り消す、取り消すとして心身を浄めている。。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^戻る
2020年2月5日

      
28 ) ユートピアの世界

天の国第一階層、   精神の落ち着き。
天の国第二階層、   大自然と溶け合う国。
天の国第三階層、   光、神さまの国
天の国第四階層、   無の世界
天の国第五階層、   安らぎの世界
天の国第六階層、   喜びの世界
天の国第七階層は   嬉しい世界となり
天の国第八階層は再度、無の世界となる。
  
無の世界ではあるが、何も無い世界ではない。
常識的には、矛盾しているようだが、
ユートピアの世界である。

天の国第八階層の無の世界に入ると、心、精神の自由を得、
すべてが上手く行くように感じている。
若い頃、無の世界と思わずに、無の黙祷を続けていた時がある。
その頃は、確かに人生が上手くいっていた。

髭の仙人が若い頃。
人を愛する事、感謝する事、明るくなる事、等々を
してきたが、
人を愛すれば、愛する程、裏切られる。
感謝をすればする程、して貰った事ばかり眼について、
何もしていない自分を知って惨めな気持ちとなってしまっていた。
これらは、この世的な愛、感謝を求めていた事が、間違いであった。
天の感謝、天の愛を求めれば、この世の感謝、愛の気持ちと
微妙に違うことに気づかされるであろう。

天の、無の世界も、何も無い世界では無く、存在して
気配の無い世界が、無の世界である。
武士の時代に剣豪と呼ばれる人は、気配を出していなかったと
言われている。
剣の道で悟られていた人であろうと、推測する。

気配を消すとはどういうことか。
ある日、髭の仙人が神社でお参りして、黙祷も終わって、
帰ろうと、横を振り向いたとき、すぐ近くに一人の
男性が立っていたのである。
誰もいないと感じていたので
声がでてしまった。
「ビックリした」と
彼は笑っていた
「全然、横にいても気配感じなかったわ」と言うと
彼は
「母親から良く言われます、お前いつのまに
 帰って来たん」と
「アーお母さんの気持ち分かるわ」
彼は笑っていた、好青年のような雰囲気があった。
無意識のうちに気配を消すことが出来ているのであろう。

私は夜間にお参りするのであるが、
神社で黙祷していると、さまざまな人々が夜間でもお参りに来る。
大部分の人々は、気配を出している。
イライラした気配、暗い気配。穢い気配。等々、
このような人々は、私が黙祷していても、
大きな音がでるように、鈴を鳴らし柏手も大きな音を立てる。
気配が少ない人は、遠慮がちに鳴らす。
気配のない人は、邪魔をしないように立ち去ってくれるのである。
気配がある人が来ると、集中して黙祷ができないので場所を譲る
ことにしている。。
また神職の人も通ることがある。
(神職は草履を履いているので音でわかる)
神職の人で修行を積んでいる人は気配を出していない。
後ろに立たれても、存在感、気配を感じられないのである・
しかし修行を積んでいない若い神職は気配を感じてしまう。

気配をだしていない人々の集まりが、第八階層であると。
現在は考えている。


無に成るためには、
第一段階 浄霊法の捨てる、捨てる
第二段階 意識を出さない、内に入れる黙祷
      第三段階 気配。。。。。。
第四段階 無の黙祷となるが、、、、、、
     第三、第四段階は素人がすれば、心を無くする
     可能性が強い、ここで止めておく
     第一、第二段階だけであれば心を無くす事は無いであろう
     意識を出さない、内に入れるだけでも、心が軽くなる。

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2020年2月24日

ある日、先生は眼の前にいて、身体があるから、存在しているだろうが、
存在していないように感じる、と言われたことがある。

誰でも人間としての気配が出ているものである。
これは、人間としての気配が出ていないことの表れであろう。

ある日、深夜ある神社で黙祷していると、数人の若者が歩いてきた。
黙祷している私の後ろに近づくと、
「ヤバイ、やばい、まじヤバイ」と走って逃げていった。
そして一人の足音が戻ってくる足跡が聞こえた。
戻って様子を確認しにきたのであろう。
その子も
「マジ、ヤバイ、ヤバイ」と言って再度、逃げていった。
この時の黙祷は天の第一か第二の黙祷をしていた。
天の国に、行っていたので、生きているか、死んでいるか、
分からない状態に見えたのだろう。

髭の仙人も生きているか、死んでいるか、判断が付かなかった
ことがある。
若い頃、ある神社にお参りすると、本殿の横に、社務所のように
ものがあり、机に向かっていたので、背中しか見えなかったが、
その人が、生きているか、死んでいるか、はたまた幽霊か、
判断が付かなかった。
入口を見ると履物が置いてあったので、生きているだろうな、
とは思ったが、


二十数年前だっただろうが、これも神社でお守りを販売している場所で
巫女さんが眼を瞑っていたが、この巫女さんも生きてるか、死んでいるか、
判別できなかった。
あれは天の世界に昇っていたのだろうと、やっと理解できた。

そのような姿を、深夜の神社で見たら、怖かっただろうな、
何故か、その件を思い出すと楽しい微笑みがでてきた。

最近、人を驚かすことがある、昼間でも、人間の気配を出さずに
現れたら怖いだろうな、

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天の国、第八階層より上は、何処までも無の世界が続いているように
感じているが、、
無の世界だけなのか、
無の世界を突き抜けたら、違う世界があるのか、、、
現在は分からない。
もし無と違う世界があるのであれば、是非ともその世界を
覗いて見たい。

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2020年3月11日

  
       29)善なる世界へ

お釈迦さんは、生老病死からの解脱、この世で生きるための苦しみ
からの解脱を求めて修行されていたとされている。
この世での悩み、苦しみから解脱することは可能であろうか、
可能です。
苦しみの原因は良き思い、考えが、少ないから苦しみとなってくる。
髭の仙人が最近している黙祷方法は、この瞑想に記載されている
21)善なる言葉の黙祷を重点的にしている。
IC レコーダーに良き言葉を録音して、聞きながら約200程の
良き言葉を黙祷している。
相談に訪れた人々にも、この黙祷をしていると、良き結果が得られる。
愛を例にすると、愛、愛と黙祷してもこの世的な愛の
イメージになってしまい、間違ってしまう。頭に必ず、天の愛として
黙祷するのです。
この黙祷をしていると、人が浮かんでくる、浮かんできたら、
浮かんできた人を見ながら、そのまま良き想いを続けていくと消えてゆく。
ある人が、身体のある部分が痛いと言うので、その部分を
眼の前にイメージして良き想いの黙祷を続けさせると、痛みが消えた
こともあった、

人生で嫌な人の一人や二人は今まで存在していただろう。
嫌な人に良い思いを出すには抵抗もあるだろう。
嫌な人を、心に持っていると、精神的にも、肉体的にも悪影響となりますよ。
あの人が悪い、私は何も悪いことをしていないのに、良い思いなんか出すのを
嫌がる気持ちも理解するが、良い思いを出して見て下さい。
悪は善なる気持ちを一番嫌がります。
良い思い、考えを出していれば、その人には嫌なことは出来なくなるのです。

今まで何人もの人から聞かれたことがある。
人から受けない(生霊など)ようになる方法はありませんかと、
そのようなものは無いと答えていたが、、、
良い思いをもつことが、受けない方法ともなる。
200程の良き言葉について、黙祷して、良き想いを、善なる思考に強めてゆくように
髭の仙人は日々、黙祷している。
(良い、善い。両方ともよい、いいと読むが、良いの意味は一部が良い
 善いは全体が善いことを表す)
感謝、愛、慈悲、自由、これらは一部分が良い言葉です。
200程の良き言葉を黙祷していると、感謝でも愛でも、自由でも他の言葉と
密接に絡み合って存在しているのです。

ある日、相談に訪れてきた若い女性が。このような事を語ってくれた。
私は飲み会に行くと、どうしても、場を盛り上げてしまう
場を盛り上げるので、飲み会があるといつも誘ってくれるのですが、
家に帰り一人になると何故、あのように振舞ってしまうのかと
いつも落ち込んでしまうと、
彼女も、明るさはあったのだが、他の善なる思いが少なかったのだろうな。

極端な話ですがストーカなどは一方的であるが愛であろう。
しかしストーカ等は、愛しか存在していない行為です。
その中に思いやり、優しさ、落ち着き、気品、その他が無いのです。
すべての良い言葉が単独で成立すると考えることが間違いの元です。、
すべての言葉が、密接に絡み合って良い言葉が成立している。
200程の良い言葉を黙祷して、他の人々に出して自己のものとし
善なる思考に高めていくことが、苦しみからの解脱となる。

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2020年4月20日

天なる善を黙祷していると、無の世界の黙祷となった。
無の世界の黙祷をしていると、天の国が姿を現した。
天の国は光り輝いていた。
素晴らしい国で、天の国の黙祷をしていると、
天の光に照らされるが、身体が天の世界の光に慣れていないので、
興奮が収まらない。
興奮を抑えるために、無の黙祷をして抑えている。

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神、神さま、仏は、我々人類を天に導いてくれる師である。
神、神さま、仏が主では無い。

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天が主である。
天を相手にして生きよ。
天の善に目覚めよ。


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2020年7月3日

      
30)  無の黙祷とは

無の黙祷とは
無情の黙祷では無い。(無情ー情が無い)
無常の黙祷でも無い。(無常ーはかない)
何も無い。黙祷でもない。
無我となって、心を無くす黙祷でも無い。
心が無ければ、苦しみも生まれないのにと感じている人々は多い
心を見失ると、苦しみが生まれる。

髭の仙人は、自己の心をシッカリと持って無の黙祷をしている。
精神世界の真理、真実は自己の内に存在している。
外の世界に真理、真実は存在していない。
貴方の内に存在している。


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2020年7月16日

精神世界の真理、真実は貴方の内に存在している。
この文を読んで、人々は思考し、常識的に判断し、
心か魂と考える。
精神世界の真理、真実は、
心、魂では無い。。。とだけ伝える。


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2920年11月17日

    
31)コロナウイルス 怖い

コロナウイルスで経済活動も停滞して、
人々の精神も病んできているようだ。
コロナウイルスが怖くて、家から外に出られない人も
存在していると聞く。


7月の前半にある人と話しをしていると、コロナの話題となり、
コロナウイルスが怖いと言う。
コロナウイルスに対しての、恐怖心を取り除いて上げようと
黙祷をした。
コロナウイルスも命があり、生きているのである
我々と同じである。
コロナウイルスの写真をテレビ、新聞等で見たことがあるであろう。
コロナウイルスをイメージしながら、21)に記載されている
善き言葉を投げかける黙祷をした。
黙祷も終わって
「まだコロナウイルスが怖いですか」問いかけると
「怖さは無くなりました」と答えた。
その後、数人に同じことを黙祷したが、同じ結果だった。

恐怖心か無くなるだけでは無く、マスク、手洗いの予防も
それまで以上に実行するようになった。

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2020年12月6日

     
32)無から気配を消すへ

最近している瞑想は、すでに記載されているが、気配を消すことを
主としている。
仏教の教えが、インドからシルクロードを経て
中国に日本に渡ったか、その過程で
気配が消えていることを無我と訳したのではないいだろか
と考えている。
世の中には気配を出さない人々は数多く存在して
いる。
そのような人々は真理に近づいているが、
それが真理とは気づいていない、
気づかないでいるのが善いのだろ。

第一に
胸式呼吸をしながら、瞑想をしている。
胸式呼吸は基本としている。

第二に善にたいしても、悪にに対しても、
ゆったりと胸式呼吸出来るまで続けている。.
最初の頃は、胸式呼吸もやり難くがったが、
続けていると、できるようになった。

悪を思うと身体の内面の波動があらくなる。
善を思っても、波動が荒くなってしまう
身体の波動は善悪に関わらず、波動の荒さと判断する。
この波動を胸式呼吸をゆったりと出来るまで続けていると
消えてゆく

例えば瞑想をしながら愛、愛と思うと、
身体の中の波動が荒くなることがある。
悪を思っても波動があらくなる。
この波動を胸式呼吸を観察しているだけで、静かになって
ゆく、

悪についての認識。
恨みから責める、逆恨み、仕返し
妬みから、羨ましい、羨む、
そしりから、嫌う、責める、悪口、陰口
怒りから腹が立つ、ムカつく、イラつく、
我欲は物が欲しいだけが我欲では無い。
人を自分の思い通りに動かしたい思いも我欲である。
他にもあるが、このような意識の波動が、苦しみの源です。
このような意識を内面を見ながら胸式呼吸で静めてきた。

最近はこのような精神的な悪をも内に(身体)入れている。
自分が出していた意識は、外に出さないように
瞑想している。

若い頃、枚岡神社の神さまから「善も悪も飲みこめ」
と言われ飲み込もうとしたが、出来なかった。
善悪を内に入れることだったのだと、今更だが
気付かさせて貰った。

人から暗い思いを受けると、暗いを身体の中に入れてしまいなさい。
暗くなると考えられるが、暗いが消えてしまいますよ
悪を内に入れると、悪に染まってしまうと考えるが
正反対である、
悪が消えて無くなるのである。

意識を外の世界に向けていると、
内面を見つめることも難しいが、それ以外に
道はないと考えている。
外の世界に精神世界の真実、真理は存在しない。

最近は上記のことも含めて、天についての瞑想時間
が増えてきている。


----------------------------------戻る
2021年1月29日
        
31) 三つの瞑想


髭の仙人は現在、三つのことを重点的に瞑想している。
(瞑想は眼を閉じて、静かに想うこと,
想うことを止めると無我になってしまう可能性が有り、
自分自身の気持ちをシッカリ持って瞑想を)
一つは 過去の好ましくない事を、取り消す
二つめは、呼吸
三つめは、自分自身
取り消す、呼吸、自分自身、
この三つを基本として、瞑想をしている。

髭の仙人がしている瞑想は、善なる言葉の一部である、
謙虚の呼吸、感謝の呼吸、愛の呼吸、等をして
その後、同じように自分自身に謙虚、自分自身に感謝、
自分自身に愛、等々の瞑想をしている、
善なる言葉は毎日変わっている、
善なる言葉の瞑想をしていると、意識が外の世界に出そうに
なることがあり、外の世界に出さないように、内に秘めるように
気配を出さないようにして瞑想をしている。

善なる言葉、謙虚は、自己を蔑(さげす)むことだと
常識的に考えて瞑想するだろうが、そのような言葉についての
固定観念は無くして、謙虚について瞑想している。
謙虚について瞑想していると、自然と人を許すことができ、
喜びが現れる。
人を許せるのが謙虚な人である。

感謝も有難う、ありがとうが感謝ではなくなる、
感謝は安らぎとなった。
安らぎの気持ちで、人々と接することが感謝であることに気づく。

愛は好きではなく、嬉しい気持ちが愛となっている、、
男女の関係だけでは無く、年齢も関係無く、
貴方に会えて嬉しい気持ちが愛である。
善なる言葉、常識的な意味に囚われることなく、
瞑想することが肝要です。

自分自身に善なる言葉、善なる呼吸の瞑想をしていると
過去の事柄、人が浮かんでくることがある。
軽く浮かぶのであれ無視して瞑想を続けても良いが。
強く浮かび上がってきたならば、自分自身と想いながら
身体の中、内に入れている。
内に入ると消えてゆく
人間の身体は小宇宙、大宇宙と連なっている。
すべての事柄を胸の中、頭の中に身体に入れると
大宇宙に同化して消えてゆくのではと考えている。


旧約聖書でモーゼが神から十戒を授かった、
モーゼが神に名前を問う。
神は答えられた。
「我は在りて有る者なり」と
我は在りて有る者なりを日本語で簡単にすると、
私は自分自身である。
神は真理を説かれたと考えている。

周りの環境、情報、人々に振り回されないように、
自分自身をシッカリと持って、生き、
自分自身を相手にして、、生き続ける。
この世でも、あの世、天の世界でも、、、、

髭の仙人 2 真理を求めて 3)本来の自分自身
も参考に

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現在は、良き思いを自己の身体にに入れることと、
呼吸に集中している。
呼吸の仕方が、難しいだろうな、
胸式呼吸、複式呼吸に拘らず、身体全体で呼吸するように
すれば、やり易いでしょう。

善き想いを第三者の眼で、身体全体の各部分に入れている。
上手く入ると、身体の悪い部分が治るかもですよ。

------------------------戻る
2021年3月5日
          
32)  瞑想 1

ある日から、瞑想の仕方もスケールが大きくなってきた。
あの世、天の世界、大宇宙(星団の集まり)、宇宙(銀河系) 地球、
この世、人生、人類、等々に対して、善き想いを一つずつ出す瞑想をしていた。
これらに善き想いを出していると、過去の膿が出てくる。
好ましくない想いである、朱に交われば赤くなるとの諺があるように
人から受けた、好ましくない想いが浮かび上がってくる。
それらは、取り消す、取り消すで清めている。

人生を清めると、精神的に軽くなる。
人類を清めると、身体が軽くなる。
六根清浄が出来ているからであろう。

これらの瞑想をして、現在は上記のテーマに従って
ユッタリと楽に胸呼吸することだけを心掛けている。


---------------------------------戻る
2021年4月4日

       
33)  瞑想 2

ある日、上記の瞑想 1 も終わって、天に登った。
その日は調子が良かったのか、今までよりも天高く登れた。
天高く登った世界は、安らぎと心地良い気持ち、相反するものが、
両立している世界であった。
(35)に追記あり)
しばらくその世界に滞在していた。
この世に戻りたくない気持ちが強く湧き出てきた。
いつまでも滞在できないのでこの世に戻った
戻ってからも、眼を開けたくなかった。
眼を開けると、この世に、俗世間に戻ってしまいたくなかった
からである。

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善なる言葉を聴きながら 胸呼吸を意識する瞑想をしていた。
天、あの世、宇宙、この世、人類、世の中、人生に対して
ユッタリとした呼吸を出す瞑想をしていた。
胸呼吸で瞑想をしていると
呼吸の奥に心臓が存在していることに気づいた。
現在は呼吸を心臓に替えて上記の瞑想をしている。
胸呼吸が大切と記載した時も、白けた生霊が無数に飛んできたが
心臓も同じであろうな、

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心臓、と記載しても説得力が無いので、
迷っていた、神さまに問うと、
「記載せよ」と言われたので記載する。

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正しさも正しさだけでは成り立たない。
正しさの中に、愛、感謝。優しさ、暖かい、謙虚、明るさ、
素直、喜び、明るさ等々も必要であろう。
愛も,感謝、優しさ、喜び、嬉しい、謙虚、親しみ、暖かさ。
必要であろう。
その他の言葉も単独では歪んだ善の思いとなる。

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天上から21)善なる言葉が200程、記載しているが、
この良き意識が宇宙を通して地球にも燦燦と降り注いでいる。
すべての善なる言葉を瞑想することが大切です。

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2021年4月5日

昨日、心臓と記載したが、早速、瞑想している人々がいるようだ。
心臓で善なる言葉を思うのではないですよ、
独学ではちょとしたテクニックがあるので無理かも。

これは高等編なので素人はレコーダに言葉を入れて、聞くだけに
しときましょう。


-------------------------------------戻る
2021年5月2日
         
34 )真理は何処

私が若い頃、考えていた真理は存在しなかった。
正しい法も存在しなかった。

若い頃、考えていた真理は、一つだけであると
考えていた。
しかし違った。
イエスキリストは愛を説いた。
お釈迦さんは慈悲を説いた。

瞑想に21)善なる言葉(現在は240程)すべてが真理なのです。
愛も慈悲も真理の中の一つに過ぎないのです。
平和も自由も正しさも真理ではあるが、真理の中の一つに、過ぎない。
愛は真理の中の240分の1なのです。
慈悲も真理の中の240分の1なのです。
自然界は多様性で成り立っている、
精神の安定、安らぎ、心地よさも多様性で成り立っているのである。

私は240程の善なる言葉を、ICレコーダに20秒間隔で
録音して聞きながら瞑想をしている。
瞑想の仕方も、今までしてきた瞑想を、その場、その時の
精神状態によって、瞑想の仕方を変えている。

人それぞれ、精神状態は違う、自己の精神状態も、
その時、その場で違う。
その時の精神状態に合った合った瞑想の仕方がある。
この瞑想だけをしていたら良いという瞑想方法は無い。
今迄、瞑想していた方法を利用、組み立てて瞑想をしている。

真理を探し求めて50年、
自己の夢を追いかけながら、人生を過ごしてこれたのだから
良き人生だったと考えている。
私の真理を求めての長い旅路も終わりに近づいたようだ。

21 ) 善なる言葉は近日中に書き直す予定。(5月15日 修正済)

----------------------------------------------戻る
2021年5月19日

   35)身体の中を清める瞑想

身体が不調であれば、精神も安定しないであろう
身体が健康であれば、精神的にも健康となる.
身体と心、精神は一体である。

人間の身体は
脳、心臓、肺、胃、肝臓、腎臓、肝臓、膵臓、脾臓
腸、膀胱。 骨、血管、血液の流れ、神経、肉、その他から
構成されている、

身体を清めるには
レコーダで善き言葉を聞きながら、
頭を清めるのであれば、脳、脳と普通に思いながら。
善なる言葉、一つづつに、脳、脳と思いながら、
善き言葉に出していく、(言葉を出さないで、思いだけを出す))
脳、脳の思いを善き言葉に出し続けていると
胸がモヤモヤとしてくる。
モヤモヤが増してくると
このモヤモヤを。天、あの世、この世、全宇宙、地球、
人類、世界、世の中、社会、人類の未来または地球の未来、
をイメージしてモヤモヤを出し続ける。
すべてに出し終わると、
顔を正面に向けて、閉じた眼の先を真っ直ぐより10度位
上を見つめながら、気持ちを落ち着かせる。

これを2,3回繰り返しする瞑想をしている。
身体の他の部位も同じようにしている。
髭の仙人はこれ等の瞑想をして元気になってきた。

現在は初心に戻った瞑想となっている、
恨み、妬み。そしり、怒り、自己保存、自我、等の
自分が出した思いだけでは無く、受けた思いも
捨てる、捨てるの瞑想となっている。

自己保存の、自分、自分中心、自分本位、捨てていると
心に受けた傷が出てきた、
心だけが傷つくのでは無く、身体全体に受けた傷が存在している。
今は傷を捨てて、その後、捨てた傷跡を、癒す、癒すと瞑想している。

これからも瞑想することは沢山ある。
一生、瞑想の生活が続きそうだ。。

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2021年6月5日

33)瞑想 2 で
天高く登った世界は、安らぎと、心地良いきもち、相反するものが
両立している世界であった。
この文章に追記する。
安らぎを感じたのは頭の中であり、心地良いは胸の中である
ことを述べておく。

---------------------------------------戻る

2021年7月31日

          
36) 善を捧げる

上記の善なる瞑想をしていた。
感謝を相手、愛を相手と思考しながら瞑想を続けてていた。
善なる言葉だけでは無く、人に対しても相手にしていた。
人々は嫌なひと、嫌な過去を思い出したく無いので、封印したり
逃げる人々が多い。
逃げないで相手を見ていた。
その後、旧約聖書に記載されている
与えよ、さらば与えられん
の言葉を思い出したので、善の言葉一つづつ感謝を与える、
愛を与える、と善き言葉を与えるように瞑想していた。

その頃である、生駒でコロナ払い浄めをして、
帰路、神社の鳥居の前で手を合わしていると、
「入れ」と言われた。
神社の前に座り、気持ちを落ち着かせる瞑想をしていると、
「もう良い、帰れ」と言われた。
立ち上がりながら、瞑想の仕方を間違えたかな、
天に昇る瞑想だったかな、と反省していると、
もう一度座りたくなったので、座り直して、天に登ってゆく瞑想を
始めた。
天に登って、天の清らかン空気を吸いながら、
天の世界にしばらく滞在した。
この経験を得てから、瞑想した後は、天に昇ることを常としている。
与えよ、、も上から目線のように感じたので、感謝を捧げる、
愛を捧げる、善の言葉一つ一つに捧げるを付けて瞑想をしている。
周りの人々、仕事、会社、家、等々に良き思考を捧げている。

----------------------------------------------------- 戻る
2021年8月13日

          
37)高次元の世界へ

一次元は直線の世界であり、真っ直ぐにしか歩けない世界
二次元は平面の世界であり、平面上を歩ける世界、
三次元は線、平面に高さが加わった世界、
我々が存在している世界である。

この次元を精神世界に当てはめて考えると
一次元は、前しか見ていない人々、
自分のやりたいことをする為、人を押しのけても自分勝手、自分中心に生きて
いる人々は一次元の世界の住人であろう

二次元は平面の世界である、
周りも人々の事も見えている、
周りの人々からどのように見られているのか、どのように思われているのか、気になる人々
気を使いすぎる人々、は二次元の住人であろう

三次元は直線、平面に高さが加わった世界
我々が存在している世界である。
高さが加わった世界である為
地位、名誉、権力、腕力、等々で、人々の上に
立とうとする人々が生まれる。
上昇志向の強い人々は三次元に住んでいる。

同じ三次元の高さであっても、
この世的な高さでは無く、神、神さま、仏、善を求めて
いる人々も存在している。

宇宙も三次元であろう
宇宙を飛び越えた場所に四次元の世界がある。、
27)安らぎの国に記してあるように善の世界である。
四次元も三次元の影響を受けて、善を求めている。

五次元は善に対しての思念は些細なものとなる。
6次元、七次元となり
八次元と登っていくと、三次元の思念は消えて無くなり
新しいk精神状態となる。

八次元の意識でこの三次元での人生を振り返ると、
三次元で習った、善なる言葉、世の為、人の為と言う
事柄も綺麗に消え去っている。

アブラハムは一族を神の指示により安息の地を目指した
モーゼもイスラエルの民を神の指示により安息の地に導いた

すべての人々、人類は安息の地を求めている。
地位、名誉、権力、腕力があれば、安息になれるだろうと

地位、名誉、権力、お金、腕力は三次元だけに通用するものであり、
三次元の世界には、魂の安息の地はないのである。

天の八次元以上の次元で安息の地となる。
若い頃から、精神世界の真理をを知りたいと欲してきたが、
精神世界の真理を知りたかったのでは無かった。
魂の故郷を、安息の地を探し求めていたのであった。

現在、髭の仙人は善なる言葉、世の為、人の為という善意に
対しての囚われ、執着はなくなった。
天高く登る瞑想だけに集中している

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肉体から離れて霊体となるとすぐに四次元に行ける人と
行けない人がいる。
行けない人は地球に止まり、三次元の垢を落とすため修行する人も、
宇宙の星に一人で住んで修行し三次元の垢を落とす。
三次元の払い浄めをし、善を求めた霊体だけが
四次元の世界に入れる。

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2021年月9月20日

        
38)   天、あの世、この世


37) 上記のその後の瞑想は
天、あの世、この世に対しての瞑想となった。
天をイメージして300程の善き言葉を一つづつ出していた。
天だけでは無く、あの世、この世、宇宙、地球、人類、
世の中、社会にも出していた。
善き言葉を出していると、言葉によっては、
苦しみが出てくることがある。
その場合、言葉に対して、深層心理で反発、間違った思いが
存在しているのである。
髭の仙人はそれらを捨てる、捨てる、又は、取り消す、取り消す
で消している。
苦しみに負けないように、出し続けていれば時間は
長引くが暗い思いは消える。
あの世に善き言葉を出すと、苦しみ、暗い思いが出てきやすい
のである
地獄の思いに引きずられないように、善き言葉を
出し続けることが肝要です。
善き言葉を出した後は、天に登って瞑想していたが、
ある日、いつも以上に天に登れた
天の上には、若い頃の私自身が立っている姿が存在していた。

善き言葉を出す瞑想の注意点として
善き言葉を出し続けない事、
息を吐くが如く、ポンポンと同じ言葉を何回も出す事です。

このような瞑想をしていて、解ったことがある。
すべて、自己の内(胸の奥底)に有ると言うこと、
森羅万象、宇宙も天の世界も、あの世も内に存在している。
善なる言葉もすべてが内に存在している。

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2021年10月15日

       
39)  天と融合

上記の瞑想をしていたが、自己の胸の中に真実があるならばと考えて、
胸の中に存在している愛をエネルギー、またはパワーに
変換して身体中に充満する瞑想をした。
300程の善き言葉も同じようにして瞑想をする。
この瞑想も後半に近づいてきた頃、天に登っていった。
それまで以上に登れたであろうか、
神さま、神、そのような人格神では無く、それ以上の言葉では言い
表せない位 その世界は清らかで尊い精神の世界であった。
美しく、清らかで、尊い精神だけが、流れていた。
しばらく精神世界で瞑想していたが、
私にはまだそこで瞑想する資格は 
ないと感じたので、早々とこの世に戻った。


その2,3日後、あの尊い精神は、天から宇宙を通して、
銀河系、地球へと 流れているのではと感じたので、
天を見つめながら、天からの愛、愛情、明るさ、暖かさを
エネルギー、パワーどちらでも良い。
のようなものを順番にイメージしながら、
頭から入って身体中の中に充満するように瞑想した、

その日、自宅に帰る途中、久しぶりに神社に寄った。
神社の神さまはに、天に登れと何回も言われていたので
天に昇る瞑想をした。
ウムー、あれ、天に登れない、何故、焦った。
瞑想の仕方を間違ったか、
神さまに
「出直してきます。」と伝えた。
神さまは
「座っておれ」と
再度、天に昇る瞑想をしたが、何回しても登れない。
神さまに
「瞑想の仕方間違いました、出直してきます。」と伝えたが、
神さまは
「座っておれ」と
もう一度、天に昇る瞑想をしたが、やはり登れない。
神さまに
「修行をやり直してきます」と
神さまは
「座っておれ」の一言だけだった。
三回、言っても駄目だったので、天に昇る瞑想は止めて、
気持ち静める瞑想をした。

瞑想していると、身体がどんどん大きくなって、宇宙を超えて天に届いた。
(アー 天に昇るには、この方法もあったのか、と瞑想中に納得した。
若い頃、瞑想中に身体が大きくなって、このまま大きくなれば
あの世に行けると思っていた頃を思い出した。)
神さまに御礼を述べて帰宅した。
その後の瞑想も、300程の善き言葉を一つづつ、天をイメージしながら
身体中に充満させていた。

天からの愛、300程の瞑想をし、その後も善なる言葉を続けて半分位した。
その後、胸の中の愛を身体中に充満させ、天の愛も身体中に充満させ
胸の愛と天の愛を融合させる瞑想に変化していた。
現在も、300程の善き言葉を、この瞑想でしている。
美しく、清らかで、尊い精神状態になることを目標として
日々、瞑想に励んでいる

(この瞑想は良いですよ、
しかし一般の人々に出来るのだろうか、浄霊編に記載されている
捨てる、捨てるにしても一人でしたら出来てるかどうか、解らないと言う。
 ある人は私と瞑想すると出来るのだが、一人でしても一割しか
出来ていないと思う、と語った人もいた。
一割であっても、10回瞑想すれば10割になるから頑張れよ、と励ましたが
他の人々からも文章を読むと、簡単に出来そうだが実際すると出来ない、
とも聞く。

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