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パワーを貰う

神さまを求めて 2


2012年11月21日


しばらく御参りはしていなかったが、
御参りしていないと、パワー不足となってしまうようだ。
精神的な疲れが溜まってしまうのです。
ウオーキングを兼ねて、御参りに行くようにしている。
御参りを続けてしていると、精神的な汚れが無くなっていることを感じる。
これからは疲れたことを理由にして、御参りを休むことは止めよう。



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      1) 神さまにお任せする


先日、、臨死体験を記して、他の人の臨死体験を読んでいた。
臨死体験をしてこの世に戻ってきた人は、精神的に楽になった経験を
述べている。
暗い世界に落ちた人はいないのだろうかと、、調べていると、存在していた。
暗い世界に落ちて、助けて欲しいと神様や仏さまや、その他、助けてくれそ
うな人物の名前を呼んでいると、、助かったと言うような事を記してあった。

そのような事を読んでいて、思い出したのは、髭の仙人が金縛りにあって、
身体の自由が取れなくなってしまった時の事である。

手も足も動かない、、この状態の時、、、、神様助けて、、、仏様助けて、、
観音様助けて、、その他、誰に助けを求めたのか忘れたが、元に戻った。。

人生を長く生きていると、自分ではどうしょうも出来ない状態になることが
あります。
自分では何も解決出来ずに他人任せととなった時、、、
このように思えば良い結果となるだろう。

「神様、仏様にすべてをお任せします」
「神様、仏様がちゃんとしてくれはる」
と思っていると、ちやんと成ってしまっていた。。
自身の力で出来ることは、精一杯して、自身の力ではどうも成らない
人間関係のもつれは神様、仏様に任しては。 
きっと上手く解決しているでしょう。

「神様、仏様にすべてをお任せします」
「神様、仏様がちゃんとしてくれはる」と、、、、、、



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2013年11月24日


   2) 神さまは何処に居られるのでしょうか

髭の仙人は、自然の姿が神さま、仏さまの姿だと考えております。
自然の中、山でも、海でも見ていると、精神的に落ち着いてきます。
神さま、仏さまの姿を見ているので、落ち着いてくると思考しています。
自然の姿が神さま、仏さまの姿で、、、
その次に、神社、仏閣にも神さま、仏さまがいて、
人の胸中には、神さま、、仏さまに通じるものがある。

基本は自然の中に神さま、仏さまがいるという信念です。
だから神社、仏閣には拘(こだわ)らないのです。
良い神社、仏閣もあれば、雰囲気の良くない神社、仏閣もある。
と言えるのです。


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2013年4月13日

       
3) 皆神山 神社参拝する。

先日 長野県松代町にある 皆神山神社、に御参りしてきた。
この皆神山神社は、有名な神社であるが、神社そのものが有名では無く、
日本のピラミッドとか、神社の駐車場に書かれている看板の内容が、人々の
関心を持たせる内容だったので、、、その点で有名である。。。

神社そのものは、本殿、カゴメノ宮、山の上にある富士浅間神社とも
非常に強いパワーが出ていた。
今回はこの三社だけを御参りし、他の社には手を合わせなかった。
また、、、御参りに行きたい神社である。。。


ここで再度 神さまからのパワーを受ける方法を伝えよう、
私の事務所の近くにも良い神社があるので、御参りに連れていく
ことがある。
鳥居の前に立ち、軽く手を合わせて、入らせていただきますと心で
思います。
この場合 無造作に立つのではなく、どこに立ったら良いのか、
考えながら立つ場所を決めてください。
御参りして、神さまのパワーを受ける場合は、立っている場所が大切
なのです。
最初は立つ場所が解らないでしょうが、つねに意識していると解るばあいが
あります。

ある人(Aさん)を事務所の近くの神社に連れていった、
鳥居から本殿まで15メートル位ある、
鳥居の下で入らせていただきます、、、と挨拶して入って行くと、
鳥居と拝殿の中間地点が、Aさんの立つ位置だった。
鳥居と拝殿の中間地点で二礼二泊一礼して、黙祷を指示した。
数分経過しただろうか、Aさんの頭から神さまのパワーが入っていっている。
神さまのパワーを貰っている、、、のが見えた。
それから数分してから、神さまがもう良いと言ったので、
その場で二礼二泊一礼して軽く手を合わせてお礼をした。
鳥居の下でも有り難うございます、、、と軽く手を合わせた。
神社を出てから
「どうでした」とと問いかけると
「こんなの始めてです。身体が元気になったようです」
との返事だった。

拝殿の前まで行かなくとも、立つ位置さへ、間違わなければ
神さまからのパワーを受けられるのです。
再度伝えます。
立つ位置が大事なのです。

また、ある人(Bさん)とも御参りに行った。
この時はグループであったので一人一人が御参りをした、、、
全員が御参りを終えたので、、、      
私が御参りして黙祷していると、Bさんに御参りをさせなさいと出たので、
立つ位置を指示してBさんに黙祷させた。
Bさんもパワーを貰ったので、帰りに
「どうでしたか」と問うた。
「何か、、、身体中にパワーがあるように感じています、」との事だった。

その後も Bさんは御参りにいくが、、、パワーを貰えることは無いようだ、
立つ位置が間違っているのだろう。


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2013年5月7日


    4)日本のピラミッド   参拝


(髭仙人の独断と偏見で記載していますので、御了承下さい) 


日本のピラミッドと言われている、葦嶽山、皆神山、黒又山に行ってきた。
広島県にある葦嶽山は、駐車場から登山で歩いて往復3時間程かかった。
(休息含む)  けっこう疲れたよ、、、
事前調査が出来ていなかった、、、神社も皆神山のように山の頂上にあると
思い込んでしまっていたのだ
山の上に、鬼叫山には巨石群があったが、髭の仙人は巨石文明には、
関心がないので、、、石ころがあったとしか言えない。
ここより大きな石ころは、今までも見ているので、、、この石からはパワー
は感じられなかった

山を降りて、近くの村落にある神社に御参りに寄った。
この神社の杉の木だけは太く大きく育っており、今まで見てきた木より
立派だった。

これが素直な感想だったが、大阪に戻ってから、何かパワーを貰っているなー
という気持ちにさせられた。

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2013年の5月の連休に、秋田県にある黒又山に行った
大阪から秋田にいくので長野の皆神山に寄ってから、秋田に向かった。
皆神山の神社に御参りをした、
本殿にて黙祷をして、、、
「今から秋田の黒又山に行ってきます」と報告すると
「気をつけて行ってこい、、神さまが待っておる」と言われた。
広島の葦嶽山では、期待を裏切られたので、秋田も期待していなかった
のです。
神さまが待っておるとの言葉で、行く気が満々となった。

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秋田県  黒又山  (内は私の思いです)

秋田県にある黒又山、、、車道から山道を歩いて15分位だっただろうか、
黒又山の頂上に着いた、、、
頂上には本宮神社があり、本殿の左に小さな祠があった。
すこし休憩をして、本宮神社の本殿の前で黙祷をしていた。
黙祷をしていると

「お前は何者や」との声がした。
(ウンー 神さまが待っておる時は、私がくることを知っており、私のこと
も知っているはずなのだが、、、何で 知らないのか と感じた)が

いつものように
「大阪で霊能者をしているこれこれです、」と名前を言うと
「知らぬなー」
(エー それは無いだろう   今まで名前、住所を言うと解ってくれて
いたのにウー、、ここで少し慌てたが、、、閃いた、、、神社の名前を
言おう)
「大神山の神社の神さま、、、佐田神社の神さまとも話しをしてもらっています」
それでも返事は無い、  (そうだ。)
「長野の皆神山の神社の神さまとも、話をさせて貰っています」

「アー  噂は聞いておる、、、勝手なことばかりしているらしいなー」
(エー エー 神さまには勝手なことばりしているように思われている
のだ、まづいなー, マアー 勝手なことばかりしているから  
認めるけどサー )

そのような話をし
「助ける」という言葉を頂いた。。。
(○○を助けるのであれば納得するのであるが、助ける、、、
何を助けていくのだろう、、、
(人を助ける、、、人類を助ける、、、自然を助ける、地球を、何かピンと
こない、)
「助ける」と言う言葉だけだった。
宿題を貰ったような感じだった。
今はこの宿題の意味も解けたように感じている、
この件は後に、、、、、

最後に
「お前はもう一回 ここへくるな」
「はい いつの日か、、、来なければならない事があるような気がします」
黙祷も終り帰路についた。
大阪に戻る前にもう一度 皆神山に寄ってから帰ろう。

黒又山の神さまは好きだな、慌てさせられたが、茶目っ気があるというか、
くだけているというか、
こんな神さまもいるんだなー、黒又山、本宮神社の神さま、
二人とも大好きだよ。

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秋田県 黒又山の本宮神社に御参りし、帰路 長野の皆神山によった。

皆神山神社の前で黙祷していると、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
の岩戸隠れの神話が浮かんできた。

天照皇大神の弟である、須佐之男命(すさのうのみこと)の乱暴に耐えかねて
天の岩戸に隠れて、世の中が暗闇(くらやみ)になったという有名な神話で
ある。

ふつう弟が乱暴、悪戯(いたずら)をすると、弟を捕まえて天の岩戸に
閉じ込めるのが普通ではないだろうか、
天照皇大神は弟を閉じ込めるより、自身が閉じこもってしまった。
まるで弟からイジメルられるからと、すねて押入れに隠れる姉のようだ。
須佐之男命も姉に乱暴したかったのでは無いだろう、
本当はお姉さんである天照皇大神のことが好きだったのでは無いだろうか、
お姉さんに相手して貰いたくて,お姉さんの関心を得たくてしていたのでは
、、、、、
天照皇大神、須佐之男命はお互いに姉弟として、仲良くしたかったので
あろう。
お互いに愛情表現ができなかったのです。
この二人に浄霊法を読んでもらって、お互いに愛情表現ができれば、
本当に良い関係の姉弟となるのでは、、、、

このような妄想を神殿の前でしてしまった。。。。。

私は今まで、須佐之男命は好きであったが、天照皇大神には関心が無かった。
この妄想で弟にイジメられて、隠れる天照皇大神が可愛らしく思えてきた。
天照皇大神の神さまを探しに、まず伊勢神宮にでもいって見ようかな、、、

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須佐之男命が好きになったのにはある事件があった。
若いころに出雲大社に御参りにいった時のことである。
出雲大社の本殿の裏に須佐之男命を祭っている祠がある。
その祠を見にいこうと歩いていると、祠に近づくにつれて、
涙がでてきて、祠の前に着く頃には、歩きながら声をだしてワンワンと
泣いているのである

一般の人々もいるので、自分では泣いていけないと思うのだが、
止められない。
声を出して泣いているので、御参りにきている他の人が、
「あの人泣いている」との声が聞こえた。
(泣きたくて、泣いているのではないわ)と胸の中で思ったとたんに
元に戻った。

私の好きな、須佐之男命の大好きなお姉さん、、、天照皇大神、
どんな人かな、、、
関心がでてきた。

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日本の神さまとして頂点に立っているのが伊勢神宮に祭られている
天照皇大神である。
天照皇大神は女性である。
日本の国中が争いで乱れていた時、卑弥呼(ひみこ)が統一して平和に
なった、、、という、、、、、卑弥呼も女性である。

ひょとしたら、日本は女性の国ではないだろうか、、、
母性本能にちかい、優しい人々、困難にも協力しあい、助けあっている
日本人。
女性的な性質があるように感じてしまう。


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2013年5月19日

         
5)神さまを信じるべきか ?

神さまについて、
神さまは存在する、存在しないで、意見は別れるであろう、、、
神さまを信じる、信じないでも、、、意見は別れるであろう。。。

髭の仙人は今までの体験、経験から神さまは存在していると確信している。

神さまは存在している、 ことと、神さまを信じることとは、別の事柄で
ある。
神さまの姿も見えず、声も聞こえない人間が、神さまを信じる、、、
神さまの何を信じるというのか、
自分の願いを聞き入れてくれるのを信じるということであろう。

世界平和を祈る、、、、、常識的には素晴らしい行為です。

「解った、解った、世界が平和になるようにしてあげよう、」
という、神さまの言葉を待っているのですか、、、
神さまだったらこのように言うのでは、、、、、
自分の心すら平和でないのに、何が世界平和ですか、自分の心を平和にして、
家庭を夫、妻、子供を平和な心にして、町中の人々を平和な心にしてから、、
出直しなさいと。

また神社に御参りをして、神さまにお願いをするのも良いでしょう。
今年は儲かるようにお願いします。
好きな人と結婚できますように
お願いすることは、たくさんあるでしょう。

神さまはお願いをチャント聞いていますよ。
そのお願いにたいして
「それは駄目じゃな、、、」
「聞きとげようぞ」
と返事をしているのです。

あの人と結婚できるように、神さまにお願いしたのに、
結婚できなかった、神さまなんかいないと神さまを恨む、、、
神さまが、その人と結婚させようぞと言ったのですか
駄目じゃ、、と言ったと思いますよ。。。
その返事が聞こえないのは、あなた自身の問題であって
神さまに問題あるのではないのです。

神さまに願いを聞いて欲しいならば、普段から、雰囲気の良い神社を探して
できるだけ、御参りをして、神さまと親しくしておくことです。


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夜は長いので、髭の仙人の若い頃の話でも聞いてくれるか、、、、

声が聞こえだしたころの話であるが、この声はやっかいなもので、
家から、いつも通っている商店街の道を駅にむかって歩いていると
その道は駄目じゃ、この道を歩け、といわれる、
この道とは、細い道で駅まで遠まわりの道である。
私はこの声の主に、いつも反発していた。
なんで、歩く道まで指示されな、あかんね、俺はこの道をいくのだと
声を無視して歩いていく、、、駅の近くまで行くと、精神的に異常な
状態となり、(気が狂いそう)足も重たくなってしまった。
これ以上、、、進むのは無理だと悟ったので、また家のちかくまで、戻って
言われた通りの道をトボトボと頭を下げて、落ち込みながら、
歩いて駅についた。


またある時は、車で遠方に行っているときであった。
これをやりなさいと指示を受けた。
この時も抵抗した、そんなこと出来ないと、、、
車で一時間以上、、、大阪に戻っていただろう、、、、
この時も精神的におかしくなってきた、
耐え切れなくなって、また戻り言われたことをして帰路につくと、
普段の精神状態にもどっていた。

まだ会社勤めをしていた頃、、、ある程度のお金が貯まります。
それを捨てろ、、、と指示がきました。
寄付をして捨てた、
また捨てた以上の、、、お金が貯まった。
また捨てろと指示がくる。寄付をして捨てた。
また捨てろと指示がきた。
この時は無職だったので、ある程度捨てて、最低限度のお金は捨てられずに
持っていた。。。
しかし捨てろと指示がくる。
この時も抵抗しました。病気になったら困るとか、言い訳ばかり考えていた。
しかしこのお金も、無くなってしまった。
この件はこれで良かったと考えている、
あの会社には良い思いが無いので、、因縁を捨てるためにも、、、、
いま残念に思う、、、あの時スパット捨てていたら、と、、、、、

それ以後、お金を捨てなさいという指示はない。

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若い頃は、長いあいだ、声の主に抵抗ばかりしていた。
言われた通りにしたくないので、何か良い言い訳はないだろうか
とばかり考えていた。

ある事柄をキッカケに、素直に聞くようにした。
すると細かいことで指示してくることは、無くなった。

この声が、、、神さまの声が聞こえることは、このサイトを開くまでは
誰にも、話をしていなかった。
このサイトを開いてからも、神さまの声が聞こえたことを話したのは
2,3人だけである。
それも聞かれたからである。

もしあなたが神さまの声が聞こえたとしても、他の人に話をしては、駄目ですよ。
私は書いていきなさいと、指示されているから、、、書いているが、、、


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2013年5月21日

       
6)良い神社の見分け方

日本中の各地に神社があります。何千社とあることでしょう、
この神社の中には、雰囲気の良い神社があり、雰囲気の良くない神社も
あります。
雰囲気の良い神社とは、良いパワーが出ている神社です。
雰囲気の良くない神社からもパワーがでているが、雰囲気の良くない
パワーを受けると、苦しくなったり、身体の調子が悪くなったりしてしまう。
何年か前にパワーが受けられるという、パワースポットと言われるところでも、雰囲気の
良くない、パワーも混在されていました。

また知っている人も、神社に御参りし、、、この神社はパワーが強いのです、
というが、見てみると雰囲気の良くないパワーが強くでているのです。
確かにパワーは強いが、受けたくないパワーであった。
その神社への御参りを止め、他の神社を探すように伝えた。

良い神社の見分け方
この世的には、見分ける方法はありません。
あなたの心、感性で見分けるしか方法はないのです。

神社の前に立ちます。
鳥居から本殿を見ながら、精神的に落ちつくかどうか、自己判断してください。
落ち着くならば、鳥居から中に入り、本殿の前で黙祷します。
黙祷しても落ちつくのであれば、その神社は良い神社でしょう。
落ちつかないで心がザワザワするならば、黙祷を中止して御参りを
止めましょう。

本殿で落ちつかなくとも、末社のほうで落ちつく場合もあります。
自分に合った神社を探すことです。
御参りすることによって、心がザワザワしたり、精神的にイライラしたり、
悪いことが起こるならば、その神社へ御参りしないようにして、、、他の神社を探すべきです

髭の仙人も良いと思う神社には御参りをして、黙祷するが、、、、
この神社は???と感じると、手も合わさずに知らん顔して帰ります。
神社であればすべて良し、、、と思い違い、勘違いしないで。。。。。


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2013年10月16日


  
     7)神在り月に出雲国へ

本年も出雲地方へ、神さまを求めて御参りに行ってきました。
大神山神社、本宮、奥宮、 神魂神社、須佐神社、出雲大社、佐田神社、
万九千神社へと御参りをしてきました。
神在り月の出雲地方の各神社のパワーはふだんの月に較べて、強いパワーが
出ている。

須佐神社に御参りにいくと、拝殿の前で、腰と足をさすりながら、御参りを
していた年配の女性がいた。
腰と足が悪いのであろう、、
しばらくのあいだ、そのようすを見ていたが、その方の御参りも済んだ
ようなので、
髭の仙人は黙祷に入った。

御参りも済んで帰りかけたが、先ほどの女性がベンチに座っているのが眼に
入った。
何故か、その人が気になったのです。
その女性を見ていると
「 治して上げなさい 」との声が聞こえた。

知らない人に声をかけるのは、ためらったが、
「腰が悪いのですか、治してあげましょうか」と、、、、、
その人は警戒感もなく、私の言葉を素直に受け入れてくれた。

腰に憑いているものを、祓ってあげてから
「腰はどうですか」と問うと
「腰は軽くなりました、まだ足が、、、」と言うので、
足の毒素を抜いてあげた
「どうですか」
「アー 楽になった」と、、、

「一度、神さまのパワーを受けてみます、受けられるようにして上げるから」
と言うと、素直に従ってくれたので、、、
鳥居からいちど外に出て御参りをさせた。
鳥居のところで、軽く手を合わせて
「入らさせていただきます、」
入っていくと、鳥居から拝殿のあいだ半分も行かなかったであろうか、
そこで二礼二拍一礼をさせて黙祷をさせた。

しばらく彼女のようすを見ていると、腰から足にかけて神さまのパワーが
入っていくのが見えた。

彼女の連れの女性に、パワーが入っていっているので、腰も足も軽くなって
いるよ、と伝える。
連れの女性は、黙祷している女性をじっと見ている。
パワーが入っていくようすを見たかったのであろうか、
あまりにも見つめているので、意識を飛ばしたらだめよ、、、と

しばらくしていると
「もう、良い」と言われたので
彼女の側に行って、二礼二拍一礼させて、軽く手を合わせて
「ありがとうございました」 と礼をし、鳥居でも軽く手を合わせて、
神社の敷地から外に出た。

外に出て話を聞くと、神社の娘として生まれてきた。
毎月、関西の方から、出雲大社、日御碕神社、須佐神社へ、
御参りにきてるそうだ、
神さまとの縁があり、神さまへの信仰心も厚いようだ。

神さまが治してあげなさいと言われたのも、何となく納得した。
彼女の信仰心も。良くなっていくであろう。

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須佐神社でビックリ、驚いたことがもう一つ、
御参りしていた人の中で、数人の女性連れがいた。
その中の一人であるが、やはり神さまのパワーを受けていた人がいたのです。
普通に御参りしていても、パワーを貰っている人がいるんだ。
思わず、顔を見てしまった。
さすが良い顔をしていた。


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2014年3月10日

      
8)伊勢神宮(125社) 参拝記

伊勢神宮は、内宮、外宮、摂社、末社、所管社を合わせて
125の社で成りたっている。
一つの宮に何社も含まれている所があるので、
実際には伊勢市付近にある63ヶ所を参拝することによって125社を
巡ることができる。

内宮、外宮は参拝者が多くて、ユックリと御参り、、黙祷が出来なかった。
伊勢神宮の素晴らしさは内宮、外宮だけの参拝では解らないのでは
ないだろうか、、
内宮、外宮だけでは無く、その他、10数ヶ所の社にも素晴らしい社が
あった、
伊勢神宮125の社を参拝して、感じたことは、伊勢神宮は女性の神さまで
あるからであろうか、
他の神社では感じられない、女性らしいスッキリとした雰囲気がある。
内宮、外宮いがいにも良い社があるので、125社 巡りを、、、、、


髭仙人の独断と妄想で、、、、、

髭の仙人2 神さまを求めて 4)日本のピラミッド 参拝に
天の岩戸に隠れて、世の中が暗闇(くらやみ)になったという有名な神話の
ことを記してあるが、顛末を、、、、、

須佐之男命(すさのうのみこと)に悪戯されて天の岩戸に隠れた
天照皇大神は弱い神さまのように感じていた。
天照皇大神は優しく、穏やかで、愛情に満ちて、物腰の柔らかい
神さまであった。
天照皇大神の弟である須佐之男命、、、、、あんな良いお姉さんに
悪戯しては、、、、
お姉さん、お姉さんと姉を慕っていけば、きっと優しくしてくれるよ。
今は須佐之男命が悪戯をやり過ぎたのだろうと、、、
いう考えになってしまった。

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伊勢神宮の神さまは10月に出雲へ行くのであろうか、、、
野次馬根性だが、凄く興味がある。。。
今年の10月、神無月に伊勢神宮に行って確かめよう、、、、、
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2014年9月19日
確かめることが、出来なくなった。
興味だけで御参りするのは、考えたら不謹慎だな。

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2014年5月17日
      
9)   A 伊勢の神宮 参拝記

伊勢の神宮へ数回、御参りに行った。
内宮、外宮は敷地が広く、御参りの人も多くて、
ユックリと御参り、、黙祷ができない、
内宮、外宮は寄らないで他の良いと感じた12ヶ所の社へ御参りした。
伊勢の神宮はスッキリとした雰囲気の神社なので、女性には合うかも、、

髭の仙人には少し物足りない部分がある。
出雲地方の神社には、、伊勢のようなスッキリ感は少ないが、、、
出雲地方の神社は力強さとスッキリの両方がある。
髭の仙人は男性だからか、出雲の神さまの強さとスッキリした波動が合っている。
今度は出雲の方へ御参りに行くつもりである。
伊勢の神宮も大阪から近く行きやすいので、、、
ちょいチョイ御参りする、、

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2014年5月29日
       
10) 出雲 参拝記


5月の25,26日と二日間、出雲へ御参りに行った。
今回は大神山神社、本社、奥宮、 佐田神社、神魂神社、熊野大社、
須佐神社、万九千神社、出雲大社、その他の神社へ御参りをした。
今回は神さまへの信を強める結果となった。
御参りしながら思考したことを、記載する。

ある日の御参りで、拝殿の中で祝詞を上げている年配の女性がいた。
髭の仙人は祝詞が終るのを待っていた。
祝詞も終り、、、拝殿から出て
「この神社に神さまが居るのだろか、居ればもっと祝詞を上げるのに」と
主人と思われる人に語っていた。
神社で神さまに祝詞を上げている人でも、このような思いなのです。
神さまは存在しないと考えられる人々が多いのである。

それは教育にも問題がある。
現在の教育は、眼に見えないものは信じてはならないのです。
眼に見えるものだけを積み重ねて、判断するという教育だからである

ある日テレビで、ある大学教授が
「放射能はあります、それは放射能を測定する計器があるからです」と
真面目に答えていた
放射能を測定する計器が無い時代だったら、放射能は存在しないと
言うことである。
心も眼に見えないので、この大学教授は、心は無いと主張している。

眼に見えないものは信じてはならないのが現在の教育なのです。
そのような教育で育った人々は、神さまは眼に見えないので、
存在していることを信じないであろう。

霊もあの世も輪廻転生も、眼に見えないので信じないであろう。
眼に見えないものを、信じてはならない教育を受けているのです。
神さまが存在すると、声を大にして叫べば、、、頭のおかしいやつと
思われるのが、現在の風潮である。

この世は暗闇の世界である、、、、
人々の心の光りは暗闇で覆われて、一筋の光りも見えない暗いなかで
人生を歩いている。
心が暗闇となるのは、、神さまを忘れて、この世の表面的な
事柄ばかりに拘ってしまうからである
人々は感謝と報恩、慈悲と愛、平和、喜び、成功、豊かさ、健康、
明るさ等々の善意を求める、楽しく暮らすこと、幸せになること、
豊かになることを求める。
善意の思いだけでは無い、人、異性、家、お金、正しさ、自分、
等々にもこだわって心の光りを失っていくのである。
この世的な表面的なことばかりを求めて、根源を忘れている。

人々は本当に困った時、苦しい時に、、、助けをを求める、、、
助けを求める相手は、両親でも無い、先祖でも無い、友達でも無い、
神さまに助けを求めるのである。
神さま助けて、、、、と、、、、最後は神頼みである。。。
心の奥底では解っているのであろう。
神さまを求めていることを、、、、、


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2015年10月21日

    11) 2015年10月 出雲国 お参り 顛末記

本年は出雲地方の神社へ四人でお参りに行ってきた。
一日目
大神山神社 本宮、大神山神社 奥宮、
八重垣神社、神魂神社(夜の八時に来いとのこと)、
熊野大社(祈祷中の為、断念)、
須我神社、、佐田神社、
神魂神社、(夜の八時に再度訪れる。)
熊野大社(再度訪れる。)
2日目
万九千神社(祈祷中の為、断念)、
出雲大社、稲作神社(稲さの浜)、
長浜神社、須佐神社、多部神社、
万九千神社(再度訪れる。)
大神山神社 本宮、(帰路の挨拶)
大神山神社 本宮では俗世間の汚れを落とすことを重点にして
黙祷をした。
黙祷も無我に入るような感じになってきたので、
自然、自然と思うようにして黙祷をさせた。
(何も思わないで黙祷すると、無我になってしまうので、
黙祷も深くなると、思うことを忘れてしまうので、
その時も思うようにと再度、注意している)
大神山神社 奥宮、での黙祷も自然を思うようにして、
黙祷をするように指示をした。
八重垣神社ではお参りの人も多いので、人々の邪魔にならないように、
拝殿前の隅で黙祷をした。
黙祷が終わって、宝物館に入って素戔嗚命(スサノオノミコト)
と妻の櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)の壁画を拝観。
(ある日のお参りで、一人が綺麗な顔になった。その顔を見た時、
神さまの顔つきになっていた、それが分かったのは以前、
ここで見た神さまの顔と雰囲気が同じだったので、
再度見たのである)
鏡の池、恋占いが有名だが、我々には必要ないので行かなかった。

神魂神社で、拝殿の前に立つと、
神さまが
八時に来い」と言われた・
「八時にきますけれど、今のお参りは」と問いかけると
しなくて良い」といわれたので、お参りをしないで、
次の神社に向かった。
この時、私に神さまが付いた。
熊野大社に着いて、4人で参拝に行こうとすると、
心が少し苦しくなってきたので、私には熊野大社には
参拝できないことを悟った。
私には神さまが付いていたので行けなかった、
3人で参拝に行かせたのだが、すぐに駐車場に戻ってきたので
「どうしたの」と聞くと
「祈祷中だったので出来なかった」と。
お参りをして神さまが付くと、髭の仙人は、無口になる。
「無口になっても怒っているわけで無いので、気にしないで」と
言っていたのだが、無口になると気になるのであろう。
顔を覗きこみながら話かけてくる。
返事をしないでおくと、変な空気が車内に流れる。
仕方なく口を開いたが、神さまは人と無駄な話はしたくないのである。
須我神社、でお参りをしていると、神魂神社で付いていた
神さまが離れた。
ここへ来たかったのだなーと納得した。
このようなことは、過去にも経験しているので、
何も不思議には感じない。
連れの人から、「神さまは空を飛んでスーと行けるのと違うの」
との質問があった。
10月、全国の神さまが船で稲さの浜に上陸し出雲大社に
行くという、言い伝えもある。
須我神社から少し離れた場所に夫婦岩がある、
祭神は素戔嗚命(スサノヲノミコト)と
妻の(クシイナダヒメノミコト)である。 ここの櫛稲田姫命の岩は良かった。パワーが出ていた。
佐田神社は改築も進み、あと一つの社の改築を残すのみと
なっていた。
ここでも黙祷をする。
黙祷が終わると七時頃だったか、神魂神社に向かった。
神魂神社の駐車場には7時35分頃についたが8時には早いので、
待っていた。
7時50分に「入ってこい」といわれたので、
拝殿まえの階段を登っていく。
黙祷していると自然、自然と思っていると惰弱に流れてきたので
自然の、自然の、とユックリ思いながら黙祷するようにと指示をだす。
どのくらい時間が経過したのだろうか、隣にいる三人の意識を
感じなくなっていた。
三人に意識を向けても、隣にいるのだが、存在が解らないのである。
そのまま、黙祷を続けていると
「もう良い」といわれたので深呼吸をして眼を開けて、
神さまにお礼を言って終わった。
駐車場についてから感想を聞くと
「凄く良かった」と声をそろえて言った。
神魂神社のお参りが終わったら、昼にお参りに行けなかった、
熊野大社に行く予定だったが、
「ここまま良い状態で今日は終わろうか」と言うと
「それが良いですね」との返答だったのでホテルへ帰るつもりだったが、
神さまが
「行って良い」と言われたので、そのことを告げると
「行きましょう、行きましょう、」と一致したので熊野大社に向かった。
熊野大社で黙祷していると、先ほどと同じで、三人の意識を
感じ無くなっている。
三人とも自然の中に同化しているようだ。
黙祷が終わって駐車場に戻ってから、
心が静かになっていないかと問うと、
「自分でも不思議なくらい静かです」との答えだった。
「無我とこの状態とどちらが良い」か問いかけると、
「静かなほうが絶対に良いですね、」
「そうだろう、静かなほうが良いだろう。」
晩御飯を食べたのは10時をまわっていただろうか、
2日目
万九千神社 祈祷中の為、断念する
出雲大社、今年は神さまが多数、来られていた。
稲作の浜岩の上にある小さな祠に神さまが祭られている。
稲さの浜は神さまが船で到着する場所として、夕日の綺麗な場所として
観光スポットとなっている。
ここへもお参りをし黙祷をする。
長浜神社、山の中の静かな良い神社である。
3人とも静けさを維持している。喜ばしいことだ。
須佐神社、でも黙祷する。
多部神社は須佐神社の近くの道に看板がでていたので気になって、
カーナビで調べたが、解らなかったので断念した。
帰ろうと車を走らせていたが、どうしても気になる、戻って
探しながら走っていると、道案内の看板があって多部神社についた。
本殿での黙祷が終わって、境内を見ると、ある社が
眼についた、
     
見ていると、三人の中の一人がここをお参りすべきであると
確信したので、その人だけをお参りさせた。
立ってお参りしていたのだが、神さまが
「座らせ」と言われたので、
「ズボンが汚れるけれど、座れる」と聞くと
「ハイ、」と言って、地面に正座した。
正座して黙祷していると、神さまが
「頭を下げろ」といわれたので。
「手を地面につけて頭を下げて」と指示した。
お参りの姿を見ていると、眼がウルウルとしてくる。
今までに無かったことである。
お参りが終わってから、
「お参りを見ていると、涙が出てきそうになったわ」と伝えると
その人は、
そんなこと言われたら私まで泣きそうになる」と眼には涙が。
万九千神社 お参り出来なかったので再度、訪れて瞑想をする
大神山神社 本宮、黙祷して、無事にお参りが終わったことを報告して、
帰路の安全もお祈りして、今年の出雲地方の参拝は終わった。
参拝が終わって、一人が、
「神さまを信じなさい」との声が聞こえたと言った。
その人は、雷に打たれたように反省していた。
信じてはいるが、常識で判断しているので、
信じきれない気持ちがあったのである。
神さまを心から信じると精進も早いだろうなー
雑記
3人を同じように指導しているのだが、人によって、
感じかたは違うようだ、
ある人は、心が静か、静寂、落ち着きが持続している。
ある人は、神さまの声が聞こえてくる。
ある人は、身体が軽くなっている。
今回のお参りで心が静かになり落ち着いたことは喜ばしいことだ。



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   12)伊勢の神宮 125社 お浄め

伊勢の神宮、125社のお浄めを始めたのは、一回目は9月の
中頃からだった、
この時は一泊二日で回って浄めていた。
二回目は出雲国へのお参りが終わって、大阪に戻って休息をして、
伊勢に向かった。
10月の神無月に伊勢へ、神さまがいないほうが、
お浄めをやり易いだろうと感じたからである。
一回目のお浄めは、今までの浄霊方法と同じだったが、
今回はまったく違う方法となった。
宇宙の力を利用したお浄めとなっていた。
解っている、信じられないことは、宇宙の力でお浄め、
書いている本人も何を書いているのだろうかと思いながら
記載しているのだから。
他の人が宇宙の力で浄霊、お浄めしていると言っていたら、
この人は何を考えているのだろうと、髭の仙人も疑問に思ってしまう。
しかし事実である。
今までの方法であると、社と社の前の土地を浄めるだけで
精一杯だったが、
宇宙の力でお浄めすると、
鳥居から参道、鎭守の森、空気、すべてをお浄めできるのである。
髭の仙人は何を考えているのだろうか、
このような事は、信用できるはずがないのに、
迷いながら書いている、
れは宇宙の力を、納得。説得できる論理を持っていないからである。


伊勢の神宮さん、125社、(本宮、外宮内は除く)はお浄めできたので、
少しは、良くなっているだろう。
お参りしていると、鳥居の前でお年寄りと出会った。
手押し車を押しながら歩いていた。
その人に
「車をここに置いて良いでしょうかと」聞いた。
「そこだったら邪魔にならないから」と
話をしていると、ここに毎日、お参りをしているそうだ。
何故か足を治してやりたくなった。
「足が悪いの」と質問すると、
「主人の介護で足が悪くなって」
見ると太もものところが、弱くなっている。
「治してあげましょうか」
素直に
「お願いします」と
治るように祈ってあげる。
「あー、だいぶ良くなった」と
また違う人、違う社だが、膝が悪くて手押し車で歩いていた人だが、
この人も、毎日神社へお参りしていた。
この人の膝も
「治してあげましょうか」と問うと
「どのようにして」と質問してきた。
このように聞かれるのは初めてだった。
「神さまのお力で」と答えると
「お願いします」だった。
 治してあげると
「お参りに来て良かった、お参りに来て良かった」
 と何度もつぶやいていた。(私へのありがとうは忘れたのかな)
神さまへの信仰心がある人を見れば、治して上げたくなってしまう。
125社を巡るのがブームに成りかけているのだろうか、
同じように回っている人と会うことが多くなってきた。
ある社を浄めていると、一人の女性が入ってきた。
熱心にお参りしているようだ。
お浄めが終わって、駐車場に戻ると、その人も駐車場にいた、
どこから来たのかナンバーを見ると、
他府県の車だった、遠いところから来ているのだな、でその場は離れて
次の社に向かった。
髭の仙人は、遠回りをしてしまって、目的地に着いた。
車を降りて参道を歩いていると、その子に出会ってしまった。
ついつい声をかけてしまった。
「遠いところから来てるね」と
「はい、車にいろいろな神社のステッカーを張っていた人ですね」
「そう、神社巡りが好きでね、君も神社が好きなの」
「えー」と答えた。
「お参りの仕方を教えてあげようか」と問うと
「はい」と答えたので参道を社のほうに向かった。
お参りをしていると、この人にも神さまのパワーが入っていった。
詳しいことは省くが、この人もお参りが済むと
「スッキリした」と何度もつぶやいていた。
「また縁があれば会いましょう」
「そうですね」と別れた。
も神さまのパワーが入り、スッキリしたので彼女は今までよりも、
神さまを信じる気になっているだろう。
伊勢の神宮さんを浄めたので、次は日本を浄めたいと思ってしまっている
自分がいる。
髭の仙人はどうしてしまったんだろう。
妄想の世界にはまり込んでしまっているようだ。
現実の生活から遊離してしまっているようだ。
自分であって、自分でないようなことをしている感覚だ。
それも髭の仙人3 自然の心に記載している、
大宇宙と小宇宙の関連を理解してからだ。
髭の仙人は、何処へいくのだろう。



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   2016年1月9日

     13 )  神社について、感じること。

奈良県葛城地方には、有名な神社として一言主神社が存在している。
ネットを見るとパワーの強い神社として有名である。
平日でも参拝する人々で賑わっている。
奈良県葛城地方では、一言主神社だけでは無く、
小さい神社も含めて、十数ヶ所の良い神社が存在している。
髭の仙人は一言主神社へもお参りするが、参拝する人々が多いので、
簡単にお参りを済ますように指導している。
小さな神社で、地元の人もお参りにこない(たまに会う時がある位)
神社で長い黙祷をしているのである。
小さな神社であっても、良い神さまが居られるのである。
葛城地方で髭の仙人が一番、気に入っているのは、
それは、それは小さな神社である。
髭の仙人はお参りの会の人だけでは無く、
他の人も神社お参りに連れて行ったが、同じことを言う。
「神社の大きい、小さいは関係ないですね」と。


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2016年1月9日
      14) 人間じゃ無い。

先生(髭の仙人)は、人間じゃない、と何回か言われたことがある。
その都度、何故、そう感じるのか問いただしていたが、
要領を得ない言葉しか戻ってこない。
ある人は、先生は眼の前に居るのだが、居ないように感じてしまうとか。
今では先生は人間じゃないと言われても、
「人間ですよ」と答えていた、
他の人から見れば、髭の仙人はどのように見えているのか、
知りたいと思っていた。
昨年の12月中頃の日曜日に、お参りの人々と、
神社、仏閣へお参りに行った。
奈良県葛城のほうの神社にお参りし、帰りに秋篠寺へ寄った。
秋篠寺の駐車場に車を止めて、髭の仙人は用事があったので、
三人に
「先に行っといて、」と先に行かせた。
すぐに用事が終わり三人の後を、歩いていた、
三人の後ろ姿を見ると
「エー、人間じゃない」
と瞬間に思ってしまった。
後ろ姿が軽くて輝いているように見えたからである。
まるで三人の女神さまが歩いているようだった。
しばらく見とれていた。
これから彼女達のことを、三姫神さんとでも呼ぼうかな、
その後、他の人の背中をみたが、重たい荷物を背負っている人、
背中の荷物が少なくて、軽く見える人には遭遇するが、
輝いている人は皆無だった。      



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2016年10月23日
 
     15) 仏像が笑う

仏像が笑う、、、そんなことは無いだろうとの声が聞こえてきそうだ。
お参りの会が始まって、初めてこの仏像があるお寺に連れて行った
時の話である。
この笑う仏像は賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)である、
賓頭盧尊者はお酒が好きで、御釈迦さんに叱られて内陣に入れず
部屋の外で御釈迦さんの説法を聞いていたようである。
そのために今でも外に置かれている。
このような賓頭盧尊者のように破天荒な人物が髭の仙人は大好きである。
賓頭盧尊者のことを、髭の仙人は親しみを込めて「おじいちゃん」
と呼んでいる。
このおじいちゃんは髭の仙人が行くといつもニコニコしているのだが
話かけると笑ってくれるのである。
お参りの会の人に「このおじいちゃんに話かけると笑ってくれるよ」
と言っても最初はエーという顔をしていたな、

持ってきたお供えのお酒を賓頭盧尊者にあげながら
「ここには御釈迦さんがいないから、飲んでも大丈夫だよ、
ここに居てる人々(他の仏像)も告げ口などしないと思うから、
飲んでね」、と
お酒を口元に持っていく。
おじいちゃんは凄く笑っているような顔になってきた。
「このおじいちゃんは若い女の子が好きだから、話かけてみ」
と言うが、
遠慮しているのだろうか、ぎこちない。
「先生、言い過ぎや」との声もあったが。

真面目に思考すると仏像に上記のような言葉を吐くのは、
非常識であろうな。
じかし仏像を笑かす、喜ばすことができると、その仏像は力に
なってくれるのである。
皆様方もそうでしょう、いつも楽しい話をしてくれる人には
好感をもつでしょう。
その後、数回このお寺にお参りに行ったが、皆も慣れてきたのであろうか、
おじいちゃんの好きそうな、お供えを買ってきて、
おじいちゃんに上げながら
語りかけている。
おじいちゃん、おじいちゃんと言いながら抱き着いてお願いごとも
話しているようだ。
その度に、おじいちゃんの顔は、ニコニコしたり喜びの顔になったり
嬉しがっている様子に変化する。
賓頭盧尊者と楽しい時間を過ごしていると、内陣にある仏像も
喜んでいる顔になるのである、

仏像が笑う、信じられないであろうな、、、


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   16) 狛犬、キツネも笑う

本年になってから、
お参りの会で「狛犬も笑うよ」と教えてから狛犬ブームが続いている。
狛犬も可愛がったら、笑った顔になったり。嬉しそうな顔つき
になったりする。
お参りに行くときは、、指示もしていないのに狛犬に上げるお菓子を
持ってくるようになった。
お菓子を食べさすと、嬉しそうに食べるのである・
そうであろうな、
神社にお参りしても神さまにお参りをするが、
狛犬に気を留めるのは何人いるだろうか、
大部分の人々は、狛犬等には、無関心であろうな、
路傍の石にも魂が宿っていると言うように、狛犬にも魂が
宿っているのである。

今年の6月であっただろうか、
伊勢の神宮 125社巡りで車を走らせていると。
鳥居が眼に付いた、、
この神社は125社の神社でなかったのだが、何故か気になったので
車を止めて、鳥居の中の神社にお参りに行った。
鳥居を入って行くと、狛犬が眼についた。
「ワ〜 恐い顔をした狛ちゃんやな」(髭の仙人は狛犬のことを狛ちゃんと呼んでいる)
と大声で言ってしまった。
連れの者も
「ほんまや、恐い顔をしている」と言う。
しかし狛ちゃんは狛ちゃんである。
狛ちゃんに近づいて「そんな恐い顔するなや」と言いながら、
身体についたゴミや蜘蛛の糸などを素手で身体を撫でながら払い除ける、
連れも、もう一方の狛犬を掃除してお菓子を上げている。
狛ちゃんの顔は、すぐに大人しい顔になり、食べ物を上げると、
嬉しそうに食べていた。
狛ちゃんも楽しそうな顔になったのでお参りをすることした。
神前の前でしばしの黙祷をして、戻る。
帰る前に狛ちゃんの顔を見ると、もっと居てて欲しそうな
顔をしていたが、心を鬼にして車に戻る。
後である一人が神前で黙祷していると
「神さまが狛犬を可愛がってくれてありがとうと伝えて」と言っていたと、
私に伝えてきた。

昨年の10月出雲にお参りに行ったときの話である。
ある神社でお参りをして、狛犬にお菓子を上げていた。
その場所では狛犬とキツネ(お稲荷さん))が並んでいた。
髭の仙人はお稲荷さんも神さまであるが、稲荷神社は
お参りしないので狛犬だけにお菓子を上げようと近づいた。
狛犬にお菓子を上げて、キツネを見ると、キツネも欲しそうな
顔をしている。
お稲荷さんにはあまり近づきたくは無かったが、
キツネの欲しそうな顔を見ていると、同じように上げたくなった。
キツネにも上げると狛犬と同じように嬉しそうな顔になったのである。

今年の10月もお参りの会の人と出雲地方へ行ってきた。
上記と違う神社であったが、
小さな稲荷神社があり、。その前にキツネが存在していた。
狛犬と同じように、お菓子を上げていると、知らない女性が私たちの様子を見ている
その子に話しかけた。
「このキツネに話しかけて、可愛がると笑うよ」と、
彼女はキツネの側に寄って抱きかかえた、
私の側にいた、彼女の友達が驚きの声を発した
「喜んでいる」と
えーと思って見ると、先ほどまで笑っていたのが喜びの顔に変化して
いたのである。
普通の人でもキツネが笑っている、喜んでいるとの違いがわかるんだと
感動した。
キツネに食べて貰ったお供えのお菓子と、供える前のお菓子と
食べ比べて貰った。
同じお菓子であるが、キツネさんにお供えしたお菓子が美味しいと言い
もう一人の人は、お供えしたお菓子の方が、こちらの方が
私の好みですねと言う。
お菓子の味も判るようだ。
普通にお参りに来ている人にも、狛犬、キツネが笑ったり、
喜んだりしているのが解るようなので、
この仏像、狛犬、キツネの件を記載することに決めた。

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<    
 17) 神さまの話

今年の3月19日に徳島にお参りした時の話である。
ある社殿の前に着くと、家族連れがいた。
ご主人と母親、娘が二人だった。
ご主人に声をかけて、この神社の話を聞いていると、
一人の娘さんが社殿の中に  入っていった。
父親は「またお参りするのか」と聞いていた
娘さんは軽く頷いた。
ご主人とどのくらい話をしていたのだろうか、
結構長い間、話をしたようだ。
話も尽きたので、「有難うございました」と礼を述べた。
娘さんが社殿の中から出てきた。
父親は「話ができたか」と娘さんに普通に問いかけた。
娘さんは軽く頷いた。
私は瞬間に「凄いなー」と声を出してしまった。
彼女は軽く顔を左右に振った。
帰りに軽く頭を下げてきたので、私も軽く頭を下げた。
神さまと話をした後は、声を出したくないのである。
彼女の気持ちは痛いほど解るので、互いに無言で挨拶をして別れた。
嬉しかったなー
神さまの声が聞こえる人々が居るのである。
神さまの声が聞こえる人々は、世の中に声を出さないので、
隠そうとするので表には出てこない。
神さまの声が聞こえる仲間がいたことが嬉しかった。
髭の仙人と瞑想している三人中二人が聞こえる。
世の中には神さまの声が聞こえる大勢の仲間がいるだろう、
神さまの声が聞こえる者は、
門の中へ、神さまの世界へ、神々の世界へ、
入る資格を得ている人々である。


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2017年5月11日

    18}  神と神さま

5月の連休に伊勢の神宮 125社お参りをした。
今回125社にお参りして、日本の神さまだけではなく、
他の国からの神さまも来ているのではないだろうか、、と想った。
神と呼ばれている者と、神さまと、繋がりがあっても不思議ではないだろう。

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私たちは、父母を縁として肉体をもらってこの世に生まれている。
この世の父と母が存在している。
同じように、魂を産んでくれたのが、
天なる父であり、天なる母である。
生命あるもの、誰にでもこの世と同じように
天なる父、母が存在しているのです。

他の人の天なる父を崇拝するのでは無く、

自分自身の魂を産んでくれた、天なる父、天なる母を、
慕うことが、善いいのではないか。

空を見上げて、自分自身の魂を産んで育ててくれた
天なる父、天なる母を、思ってみなさい。
私がこの世に生まれてから、
いつも見守り、助けてくれた天なる父と母がいる。
心強くなれますよ。

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一つの神だけを信仰している人々も存在しているようだ
日本の神話では、最初に天之御中主神が生まれている。
天之御中主神には、両親はいないのであろうか、
突然変異で存在したのだろうか。
天之御中主神にも魂の両親は存在していると推測する。
絶対唯一の神、創造主、大神霊、全能の神、宇宙の神、も同じ推論となる。
髭の仙人は一番偉いとされている「神」を敬うよりも、
一人の偉い神とだけ付き合うより、多くの神々、神さまと付き合うほうが
善いと思考している。




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